第2話:いたずらに忍ぶ
「高杉くんは、不良なの?」と顔を合わせて数日後、今更それかと呆れたくなる問いを投げられた。俺を知らなかったこの女は、転入生らしい。ならば仕方あるまい。なんせ停学をくらっていた。
「だったら何だってェんだ」
「転入初の友達が不良かぁ」
いつ、誰が、てめーとダチになった。俺はお前と馴れ合うためにここへ来てんじゃねェ。煙草吸いに来てんだ。
溜め息と共に煙を吐き出しながら横目に見る。相変わらずそいつはコンクリートに寝そべり、無駄にでけェ目を空に向けていた。
「ハブられてんのか、お前」
「うーん、そうなのかな。馴染めなくて。私、人見知り激しいからさ」
馬鹿も休み休み言え。人見知りする奴が寝起き一番にあんな発言するめェよ。初対面の相手にいきなり名乗り、名を聞くか。いくら俺を知らなかったとはいえ、雰囲気で分かるだろ、危険な奴だってのは。
「お前の言う人見知りってのは世間一般の感覚を凌駕していると思うが」
「なんだろう?高杉くんには何の抵抗もなく話し掛けられたんだよね。高杉くんて変な人」
「おかしいのはどう考えてもてめーだ」
「だって、煙草吸うのに私が邪魔だったんでしょ?怒鳴り散らせばよかったのに。それとも女子の寝顔を盗み見るのが目的?意外とムッツリだったりする?」
「どうやらぶっ壊されてェらしいな…」
「どうせ手出ししてこないくせに」
こちらへ顔を向け、何がそこまで可笑しいのかくすくすと笑んでいる。おかげで調子を狂わされっぱなしだ。性に合わねェ。
「不良なのに、優しいよね、高杉くん」
「てめーの目は節穴か?」
「だって私の睡眠を邪魔しなかった」
それは、機会を狙っていただけだ。間抜けなツラでぐーすか寝ていやがる馬鹿が目を覚ました瞬間、恐怖に怯える様を見たいがためにな。
「この学校で、こんな風に接してくれる人いないよ。ありがとう」
悪意のない笑みを向けられ思わず言葉に詰まる。そうかよ、と適当に流す素振りで、内心では戸惑っていた。悔しいから口にはしねーがな。
「この先どうするつもりだ?学年が上がれば解決するなどとは思うめェよな」
「そこは、銀ちゃんがどうにかしてくれるって」
まさかここでその名を聞くとは。思わず眉をしかめて苛立ちを振り切るように次の煙草へと手を伸ばした。
「あの白髪頭が転入生一人のためにどうこうするほど教育熱心とは思えねーがな」
「してくれると思うよ。長い付き合いだから」
「あ?」
「銀ちゃんはね、私の叔父さんの親友?いや悪友?でさ、日本に戻るって駄々こねてた時に協力してくれたんだよ」
あの野郎が人のためにそこまで動くか?大方、その叔父さんって奴に金でもちらつかせられたんだろ。
「その顔は、信じてないね。あれでも意外と大人なんだよ、ちゃんと。今は銀ちゃんが私の保護者みたいなもんだし」
「保護者だ?」
「うん。いま叔父さんの家に住んでるんだけど、その人基本的にいないの。放浪者っていうか、世界中を飛び回ってて。おかげで、この歳で一人暮らしみたいなことする羽目になっちゃってね、銀ちゃんが面倒見てくれてるんだ」
事情は理解できたが、やはりあの白髪頭がそこまで面倒見がいいとは思えねーし思いたくもねェ。下心があんじゃねーか?こんな年の離れたガキによ。
「随分と突っかかるね。不良だから、先生が嫌い?反抗期?それとも、銀ちゃんと何かあるの?」
「あの野郎と俺に関わりなんざあるめェよ」
「それ肯定してるようなものじゃん」
口に手を当て声を上げてまで笑うその姿は、初めてこいつを見たあの日とは、別人のように感じた。なんだ、この妙な苛立ちは。いや、これは本当に苛立ちか?自身を襲う感情に若干戸惑いを覚えたが、振り払うように煙草をもみ消した。
「どうかした?」
「あ?…って、お前、」
その声に顔を上げると至近距離にそいつはいた。覗き込むように俺の顔色を窺い、不思議そうに首を傾げている。無闇に近付くんじゃねェ、馬鹿女。馴れ合う気なんざ更々ねーんだ。
「変なの」
「てめーだけには言われたかねェな」
「まぁまぁ、変人同士この先も仲良くしようよ」
だから俺は違ェっつってんだ。てめーと一緒にすんじゃねェ。反論しようと口を開きかけたが、いちいち腹を立てることにも疲れ、声にはせず飲み込んだ。
「高杉くんの百面相。クールに見えて意外と表情豊かなんだね」
「何度も言わせんな。てめーの目は節穴か?」
「てめー、てめー、ってさ。私にも名前があるんだけど覚えてる?」
「さァな」
「。さ、どうぞ」
「あァ?」
「呼んで?」
俺が口を閉ざすと、ぶつくさと文句を言いながら眉を下げ小さな溜め息を漏らした。ンなモン知ってる、覚えてる。俺はお前と違って馬鹿じゃねェ。呼びたかねェからそれをしねーだけだ。
次の煙草を取り出すために内ポケットに手を突っ込む。その間も変わらずこっちを見ていやがるその顔にふと思いつき、口角が上がった。
「」
「…え?」
「、だろ?てめーが呼べっつったんじゃねェか」
「違うよ、名前って、そうじゃなくてさ、」
期待を裏切らない反応してくれやがる。あたふたしながら頬など染め、不自然に視線を逸らす様子に、言い知れぬ高揚感を覚える。ようやく打ち負かしたのだと実感したためだ。
「予鈴鳴ったぜ、」
「わざとらしい…」
「要望に応えてやったんじゃねェか。感謝こそされど、文句言われる筋合いはねーが」
「高杉くんて意地悪だよ」
「だろうな」
「だから友達いないんだ。…じゃ、また明日ね」
捨て台詞に耳を疑った。オイ、待て。てめーと一緒にすんな馬鹿女。ダチ…と呼べるかは置いておくとして、少なくともつるむ連中ぐれェはいる。
つーか、てめーがその「友達」とやらなんだろ。お前が言ったんじゃねェか。って、何を俺は苛立ってんだ。
チッ、と舌を打ち、短くなった煙草をコンクリートに押し付ける。らしくねェ。この俺が、振り回されっぱなしたァどうなってやがる。
無意識に溜め息を吐いた。落ち着きを取り戻すと同時に、最後の言葉が蘇る。
『また明日ね』
俺は煙草を吸いに来てんだ。てめーのツラ拝みに来てんじゃねェんだよ。何度もそう頭の中に呼び掛けるも、あの声が耳にこびりついて離れなかった。…どうやら俺の頭はイカレちまったらしい。