第3話:ちいさな恋心
「そーいうワケで、おめーは来年度から3Zの生徒だ」それはテスト最終日のこと。放課後、銀ちゃん、もとい銀八先生に呼び出され、国語準備室にいた。相変わらずクラスに馴染めていない私を自分が受け持つクラスへ入れるというのだ。
クラスは違えど友達ならできたと話してみたけど見え透いた嘘をつくなと一蹴された。けっこう失礼だと思う。
「一般の生徒を俺のクラスに入れさせるワケにはいかねーと教頭には言われたが、高校生活最後の年をクラスから浮いたままにさせとくのは教師として見過ごせねェ、と、なんとなくそれっぽいこと適当に言っといた」
途中まではいいお話だったのに、最後の一言で台無しだ。
銀ちゃんがいるならなんとかなるかもしれないと、期待はしてしまうけど。不安もある。いくら銀ちゃんのクラスとは言え、馴染めるだろうか。また同じことを繰り返すなら、今の生活を続けた方がいい。屋上に行けば高杉くんがいるし。
「心配要らねェよ。俺のクラスにはバカしかいねーから。がアレコレ悩む前に、つーか嫌でも、アイツらのペースに引き込まれっから」
「すぐに打ち解けられる、ってこと?そんな簡単なもの?」
「沖田とか、あの辺。顔見知りなんだろ?」
「沖田…って、沖田総悟?!」
「そ。が通ってた小学校の卒業生だって知ってな、聞いたら知り合いだっつーからよ。そういやお前、あの頃このあたりに住んでたよな」
沖田総悟。小学生の頃、クラスメートだった。あの辺、ということは、十四郎や近藤くんもいるんだろうか。尋ねるとかったるそうに頷いた。
知った顔があることが、とても嬉しかった。アメリカへ渡ったことをきっかけに人付き合いが苦手となり、それは更にひどくなった。そんな中、友達もたくさんいて毎日楽しく過ごしていたあの頃のクラスメートにまた会えるなんて、喜ばない理由が見つからない。
「おめーの面倒見ろと押し付けられた以上、ほっとくワケにもいかねェし?」
がしがしと頭を掻きながら、面倒くせェけど、と少し失礼な発言を浴びせられる。確かに面倒事に巻き込んでしまったけど。俺が預かるって銀ちゃんから言い出したんじゃない。あのときは、とても嬉しかったのに。…でも、
「ありがとう」
「なんだよ気色わりィ、おめーが素直に礼とか雨降るどころか隕石落ちてくんじゃねーのかコレ」
「一言どころか二言も三言も多いよね、昔から」
「その台詞、丁寧にラッピングして返してやらァ」
相変わらずの言い草に呆れながら反論を飲み込む。いけない、ここは私が大人になってあげるところだ。それに、結局は、いつもこうして助けてくれるのはこの人だ。
「ハイ、以上で先生からのありがたいお話は終了。教室戻れー」
「4月からよろしくお願いします、銀八先生」
「わーった、わーった。よろしくしてやっから。ジャンプ読みかけなんだよ」
ありがたいお言葉をくれた先生の腕を笑顔で叩き、国語準備室をあとにした。痛ェなコノヤローとか聞こえたけど、3秒後にはどうせジャンプを読んでいると分かっているから振り返ることもしなかった。
その足で屋上に向かう。重たい鉄の扉を開くと、すっかり見慣れた顔がそこにはあった。校内だというのに堂々と煙草を吹かせているその人は、銀魂高校の番長みたいなものらしい。この間初めて会った万斉くんから聞いた話だ。
「まだいたんだ?放課後に来るなんて珍しい」
「かったるいテストなんざ受けさせられてんだ。煙草でも吸わねーとやってらんねェ」
「授業はサボれても、テストはそうもいかない、と」
「…まァな」
少し悔しかったのか眉間に皺を寄せ、灰色の息を吐き出す。お世辞にも愛想がいいとは言えないし、目つきの鋭さは人間のそれとは思えないけれど、とても綺麗な顔立ちをしている。そう気付いたときは既に、この人を好きになってしまっていた。
恋なんてする気はゼロだった。面倒くさいし、何より疲れる。そんな渇いた心に入り込んだのは、理想とはかけ離れた人。
「もし留年しても、ここには来てね」
「喧嘩売ってんのか」
「二言目にはそれだよね、高杉くんて。もしも、の話。だってしょっちゅう授業サボってるんでしょ?」
「ぬるま湯に浸かってんのは性に合わねェだけだ」
授業を受けることがぬるま湯?意味がよく分からず首を傾げていると、喉を鳴らして笑う。心臓がうるさい。そんな顔を見せられ冷静ではいられないほど、私は、この人を。らしくない。こんな私はらしくない。
「…オイ、」
「ん?え?なに?」
「馬鹿が更に磨きをかけたか?ここんとこンなツラしてばかりだぜ?」
「もとからこういう顔なんです。すみませんね」
「どうだか」
口角を上げたその顔に、再び心臓が活発になる。まさか、これは、気付かれている…?それは避けたい。何も変わらず平穏に、このひとときを過ごしたいのだ。恋愛どうこうで距離を置かれたくない。この先も、このまま、屋上で顔を合わせて、他愛もない会話をして、それだけでいい。それ以上は求めていない。
様子を窺ってみるも、既にいつもの無表情に切り替わっていて何も読み取れなかった。焦る気持ちをどうにかしようと話題を探す。
「もうすぐ春休みだね」
「だからどうした」
「どうした、って、嬉しくない?夏休みほど長くはないけど、ゆっくりできるじゃない」
「停学中と何も変わらねーな」
「それは休みとは言わないと思う」
「俺にとっては同じことだ」
なんというか、高杉くんは絵に描いたような不良だ。硬派、という言葉がよく似合う。そのくせ子供っぽい一面もあるから、可愛いなどと思ってしまう。それを口にするとかなり不機嫌な顔で鋭い視線を浴びせられるから、言わないようにしている。
「あ?なに見てんだ?」
「言うと怒るから、言わない」
「ほォ…怒られるようなことを考えていたと」
「うん」
「一発入れられてェようだな…」
拳を握りそれをちらつかせる。だけど実行には移さないと、分かり切っていた。ぶっ壊すとか物騒な物言いを好む割に、実際に手は出さない。万斉くんいわく、女、子どもには手出ししないらしい。そういうところも、また可愛いと思うのだ。
「その顔はまたろくでもねェこと考えてやがんな?」
「あ、バレた?」
「殴られたくねーならその口を閉じろ」
こんな言葉を浴びせられてもなお、可愛いなどと思ってしまう私は、だいぶ重症だ。いつの間にここまで気持ちが大きくなっていたのか。尋ねるように空を見上げる。ひと月前のそれとは、まるで別物だ。青い青い、春の空。ずっとこの空が続きますようにと、願った。