互いの想いを再確認したことで政宗ととのわだかまりは解消され、あとは決められた筋道に従い、事が運ばれるのを待つばかりだった。は養子として田村家に入り、その後正式に政宗との祝言に向けて動き始める。
「ご無沙汰しておりました、清顕様」
「そのような畏まった挨拶はどうかおやめください。殿のおかげで、どうにか田村家も生き延びていけるのですから。後継ぎをと養子を求めてはおりましたが、それがまさか殿とは、この清顕、幸せにございます」
冬の終わりも近付く、ある雪の日、養子縁組の挨拶にとは清顕の元を訪れていた。しばらく顔を見ないうちに幾らか老けたようだ。愛姫の一件があり苦労したのだろう、とはひっそり同情する。しかし、結果的にを受け入れてくれたのは清顕であり、彼の了承がなければと政宗との問題は解決が長引いただろう。いくら政宗の命とは言え、身分のない娘を養子に入れるなど、なかなかに勇気の要る行為だ。は清顕の懐に感謝をし、政治的なそれとはいえ、この人を父とし敬っていこうと決意した。
「清顕様こそ、娘になる者に対しそのように謙っては父の威厳が保てぬというものですよ?」
「これは、一本とられましたな。それでは、父として、と呼ばせてもらうとしましょう」
幼い記憶に残る父に、やはり清顕はどこか似ていた。それ当然のようにを娘として迎えてくれ、と呼んでくれる。ここにも家族ができたのだとの表情は自然と綻ぶ。
政宗とのわだかまりもなくなり、こうして家族がいる。こんなに幸せで罰が当たらないかと唐突に不安を感じてしまうほど、の心は満たされていた。
「で、お父様との対面はどんなモンだった?」
しばらくの滞在を経て城に戻ったに、政宗は悪戯に笑いながら問いかける。例の一件が正式に決まると、は清顕が自分の父となることに恥ずかしさもありながらやはり喜びを隠せず、田村家を訪問する数日前からそわそわと落ち着かなかったせいだ。
「それは、最初は緊張しましたけど、懐の広い大人の男性って、やっぱり安心感が違いますね」
皮肉たっぷりにが答えてやると、冗談だと分かっていながらも政宗は舌打ちをしてを抱き寄せる。その反応にくすくすと笑う声が聞こえた。
「・・・敵わねえな」
ぽつりと呟いた声にが顔を上げるが政宗は何も言わない。刀を持てば戦場では恐れるものなど何もなく、ただ目の前の敵を斬っていくだけ。己が翻弄される機会など、この先出会うこともないだろうと、そう信じて止まなかった政宗だが、については別だ。一目見た瞬間に感情全てを奪われ、醜い嫉妬心を剥き出しにしてしまい、挙句の果てに理性すら打ち砕かれる始末だ。己を律しようと心に決めてもを前にすれば何よりも先に感情が動いてしまう。
「政宗さん?」
「いつまでそう呼ぶつもりだ?俺とお前はもう他人じゃなくなる。・・・政宗で、構わねえ」
「えっと・・・でも、」
「嫌だってんなら無理強いはしねえが、たまには、聞かせてくれ」
言いながら、俺は何を言ってんだ、まるで餓鬼じゃねえかと笑うもう一人の自分がいる。が政宗さんと呼ぶたびに、自分がそこにいると実感できる。しかし、無意識にが口にする、政宗という響きも、政宗にとっては何物にも代え難く心地よい。全てを認められたような、底知れぬ安心感に包まれるのだ。母のような、姉のような、それでいて、血の繋がりのある家族とは違う愛おしさ。
「どっちが年上か分からねえな、これじゃ」
何気なく呟いた政宗の言葉に、はぱちりと瞬きをした。驚きの中に困惑が入り混じったような、そんな表情をしている。思いも寄らぬその反応に、政宗もどうしたと問うたが、は極まりが悪そうに苦笑いを浮かべた。
「なんだよ、言えよ」
「信じてもらえないと思うんですけど、」
「Ah?俺はもう二度とを疑ったりしねえよ。どれ程ぶっ飛んでようが信じてやるから、話してみろ」
「政宗さんがそう言ってくれるなら、」
慎重に言葉を選びながらは真相を話し始める。実年齢とは若返った姿でこの世界に来たこと、実際は政宗より三つも年が上だということを。事の顛末を話し終えたが不安げに政宗を見つめる。政宗は思わず口元を歪めた。
「成程な。これで合点がいったぜ。十七にしちゃ、やたら達観してるというか大人びてるというか、感情を殺すのが上手い女だと思っていたが」
どれだけ勝ち星をあげようが、国主として認められようが、年の差というのはどうしても覆せないものだと政宗は常々実感している。一つや二つならまだしも、三つ違えばその差は大きい。それを改めて、この場で思い知らされるとは皮肉ではあったが、の傍にいるだけで生まれる安心感は年の影響もあるのだろうかと政宗は人知れず思い巡らせた。その中で、ふとの話を思い出す。
『祖母がね、言ったんです。私が十七になって初めて出会う人が運命の相手なんだって』
あの時、政宗はならば自分もそれに該当すると自信を持って言い切ったが、は否定した。今だから分かるが佐助によく似た男をそれと信じて、政宗ではないと言ったのだ。体は若返ろうが心は二十二のからすれば、その決断は当然かもしれない。しかし、政宗の出した答えは違った。
「お前が本当は幾つだろうが、俺の目の前に現れたは十七だった。それだけで、十分だと思わねえのか」
また、否定されるのだろうか、と一瞬過った不安はの微笑みによって取り除かれる。そこに言葉は要らない。何も言わずに政宗の背中に腕を回しそっと抱きしめる。それはどんな言葉よりも確かな、ただ一つのの答えだった。
暖かいとは言い難いが、春を告げる風が二人を包む。の髪が揺れれば誘われるように政宗が手を伸ばそうとした、その瞬間、の表情が苦痛に歪められた。立っていることもできず、徐々に崩れ落ちていく。
「?どうした、何があった?どこか痛ぇのか?」
「あ、頭が・・・」
「おい、、」
何度も呼びかけながら抱き止めようとしたが、政宗はを支えることができなかった。の体が透けている。手を伸ばしても触れることすらできず、あっという間には消えてしまった。の声は聞こえない。、ともう一度その名を呼んでみたが返って来るものはなく、次の言葉を発するより先に、政宗は眠りに落ちるようにその場に倒れこんでしまった。
が気が付いた時、そこに政宗はいなかった。それどころか見ていた景色も何もかもが違う。風が舞う中で飛んでいくパンフレット。遠くに見える城と目の前に広がる公園。見覚えのあるコートにショルダーバッグ、そして足元にはキャリーケース。そこは、紛れもなく元の世界のそれだった。
夢なら早く覚めてと己の体を抱きしめ目を閉じてみるが何も変わらない。そしてもう一つの違和感に気付き髪に手をやれば、当然、伸びているわけもなく首に巻いたマフラーにかかるかかからないか程度の長さだ。何もかもが元通り。政宗とを繋いでいた事実など何もないと突きつけられているような悲痛に涙がこぼれる。
「どうして、どう、して・・・」
確かに二人は確かめ合った。いつ離れても構わない、傍にいよう、と。しかし、こんなにも突然に別れを迎えてしまうとは思いもよらない。まだ二人は、夫婦にすらなっていなかったというのに。
いっそ、全てが長い夢ならよかったとさえは思う。このベンチでうたた寝をしている間に、幸せな夢を見ていた。そうであれば、どれほど楽だろうか。しかし、体が覚えている政宗の体温、耳について離れぬ声、あの、鋭く真っ直ぐな隻眼。その全てがの記憶に、そしてその身に、確実に刻まれている。
もしかすると、振り返ればそこにいるかもしれない。そんなわずかな望みに期待を寄せて、ゆっくりと振り返ってみる。しかし、政宗はいない。いるはずもない。政宗とは、そもそも生きる世界が違っていたのだから。
涙と溜め息に呼吸を奪われながらも向きを戻せば、そこには。
「よっ、久し振り」
へらりと緩んだ顔に、低い声音。カーゴパンツのポケットに両手を入れ、モスグリーンのマフラーに顔をうずめてを見ている。
「さ、すけ・・・」
「4年ぶり、か?元気そう、でもないみたいだな。なーに泣いちゃってんの。が泣くなんて、よっぽどのことがあった?」
そこにいるのは紛れもなく、佐助だ。それものよく知る、現代の、佐助。どうしてここに、と問う声は止まらぬ嗚咽に邪魔をされる。前触れなく表れた佐助に驚いたものの、政宗と離れてしまった事実はに重く圧し掛かったままだ。
「いろいろ混乱してるみたいだから、とりあえず落ち着きなって。俺はここにいるからさ」
優しくの頭を撫でるその手は、あの頃と何も変わっていない。忍の彼に比べると幾らか若いが、確かに成長した佐助は昔のそれと変わらずにの心を穏やかにする。しかし、佐助がの隣に腰を下ろすと、懐かしいながらも胸がざわめいた。温かなそれであったはずの感情が、何か違うと訴えているようだ。
「本当に、佐助、なの?」
「はあ?ちょっと会わない間に愛する恋人の顔を忘れちゃったわけ?まったく、薄情な女になったモンだねぇ・・・。俺様悲しいよ」
わざとらしく肩を落としさめざめと泣いた振りをしてみせる佐助は、の知る佐助のはずだ。だが、何かが、それが何だとは言い表しようのない何かが、違っている。年齢のせいだろうか。少年だった佐助は立派な青年へと成長し、その横顔には思わずどきりとさせられてしまう。
「で、どう?少し落ち着いた?」
不意に向けられた視線に呼吸が止まりかけて、は息を呑む。政宗に出会うまで、運命の人だと信じてやまなかった男がそこにいる。動揺するのも当然だ。それでも、諭すような佐助の物言いに、は小さく頷いた。
「どうして俺様がここにいるのかって話は抜きにして、」
「それが一番気になるんだけど」
「いいからいいから。こっちにも聞きたいことがあるんだからさ。ちょっと話に付き合ってよ」
「しょうがないなぁ・・・」
「まず、さ、俺様の忍装束、どうだった?」
世間話をするかのようなトーンで投げかけられた問いに、は言葉を失くした。佐助は相変わらず、へらりと締まりのない表情をしている。驚いているの方がおかしいような、そんな気分にすらなってしまうほど、佐助には何一つとして変化がない。
は、ずっと引っかかっていた違和感の正体が、ようやく見えた気がした。