・・・?」

政宗は、呆然とした。政宗の体の下では、苦痛に顔を歪めたが意識を失くし、ぐったりと横たわっている。その体のあちこちには赤い噛み痕が散らばり、手首にはくっきりと指の跡が残され、そして白濁した液体が無残にも太股を汚していた。言うまでもなく、政宗のものだ。

「俺は、何を・・・」

嫌だ、やめて、と泣きながら抵抗をする女を無理矢理に抉じ開けた。そして今、我に返ったのかどうかも定かではない。政宗自身、意識が覚醒できていない。しかし罪悪感に吐き気を覚え、その名を呼び、疲れ切ったの体を抱きしめた。そこで初めて、最後に抱いた時より幾らか痩せていることに気付く。

静かながらにも呼吸をしているのが幸いだった。謝罪の念を込めて、肩口に顔を埋め、首筋に口付ける。政宗の元へ嫁ぐことに悩んでいたのだろうか。食事すら喉を通らぬ程、政宗と共に歩んでいくことを躊躇していたのだろうか。

「なあ、・・・」

はまだ目を覚まさない。辛く悲しい思いをさせた。怖がらせてしまった。しかし、政宗の方こそ怖かったのだ。が政宗以外の男をその目で追い、その唇で名を呼び、顔を思い浮かべるのか、そう思えば、ただ、怖かった。
漸く手に入ると確信し歓喜をした政宗だったが、の態度はそれを拒むように見えた。きっとも笑ってくれるに違いないと、やや浮足立ちその報告を告げた際、の表情は政宗の想像とは違っていた。どうしたと問えば、困ったように答える。

『マリッジブルーでしょうかね。政宗さん、知ってます?』

それぞれの単語は理解できても、それらが指す意味は汲み取れない。知らねえ、と返せば説明を聞かされた。のいた時代ではよく聞く話だと、晴れやかとは言い難い笑顔で呟いていた。その時は、そんなものがあったのかと感心をしたものだ。夫婦になる前の試練の一つだと思えば、の不安げな表情も、不思議と受け入れられた。
しかし、数時間前の政宗は違った。いつまでも煮え切らぬの躊躇いは、の言う「マリッジブルー」などではなく、他の男の存在だと思い当たってしまった。そうでなければ、政宗を拒む理由などない。そこに行き着いてしまえば、怖くて、悲しくて、ただ只管にを求めた。

幼い頃に母の愛情を失った政宗は、愛に対して冷淡になっていた。そんなものはまやかしだと突っぱねてきた。しかし、を目にして、その女が欲しいと熱望してしまってから、政宗はがらりと変わった。愛などは捨てたはずの政宗に、それを再び思い出させたのは、だった。だからこそ、政宗にとっては特別だった。他の女では意味がなかった。

あの日上田で佐助とを見た瞬間、おぞましいくらいの怨嗟に政宗は取り憑かれた。だが幸村の制止により幾らか冷静さを取り戻し、翌日にはと和解し、そして想いを確かめ合うことができた。しかし、に拒絶されたと感じてしまったことで、あの日の感情が蘇ってしまった。そして政宗を止める者がいない今、を無理矢理抱いた。

、なあ、・・・。こんな俺を、お前はもう許しちゃくれねえだろうな」

「まさか・・・。それは、私の台詞ですよ」

思いがけず聞こえた声に驚き、の胸に埋めていた顔を上げる。口を開けることすら辛いのか、政宗により散々犯された唇を薄く開き、どうにか言葉を発しようとする。ごめんなさい、と呟く声は嗄れていた。あれだけ泣き叫び、強引に喘がされたのだ。喉を潰すのも当然だ。

「私が、悪いんです。何も言わなかった、私が」

ぽつりぽつりと苦しげに紡がれるの言葉に、政宗は違うと否定をする。どう見ても、悪いのは俺だろう、と自嘲気味に吐き捨てた。しかしそれを、は頑なに拒む。ゆるゆると首を横に振り、続けた。

「あのね、政宗さん、未練があるなんて、そんなわけないんです。そうじゃないの。ただ、怖かったんです。私はいつあっちへ戻ってしまうか分からない。あなたと夫婦になった途端に、私は消えてしまうかもしれない。そう考えたら、怖くて・・・。身を引こうかとも考えたけど、あなたが他の誰かと寄り添う姿なんて想像するだけでも苦しくて、どうすることもできなかったんです」

だから、私が悪いの。あなたは何も、悪くないの。そこまで言い終えると、限界だったのだろうか、の目は再び閉じられる。閉じきった瞳からは、ぽろりと涙がこぼれていた。結局、政宗からの謝罪は口にすることすら許されなかった。
部屋の隅で丸められている、乱暴に剥ぎ取った着物を政宗は手繰り寄せる。手拭いでの体を優しく丁寧に清めてから着物を着せ、布団へと寝かせてやる。すまない、と涙ながらに何度も何度も繰り返しながら。

罪悪感に胸を締め付けられながらも、穏やかな安堵に息を吐くのも事実だった。も政宗と同じだったのだ、と。誰にも渡したくないという独占欲、それが政宗に向けられていた。今の政宗にとって、これ以上の安らぎはない。

そして政宗自身も着物を整えると、を抱きしめ目を閉じた。次に目を覚ましたに告げる言葉を頭の中で反芻しながら、柔らかな肌の感触と心地よい体温に誘われるように眠りへと落ちていった。



先に目を覚ましたのはだった。体中があちこち痛い。全身がだるく、身動き一つをとるのも辛い。少しずつ覚醒を始める意識が最初に気付いたのは、を包み込むように抱いている腕だった。そして、すうすうと聞こえてくる穏やかな寝息。まるで、小さい子供が母親にしがみついて眠っているようだ。
ほんの少し動かすだけで、ぎしりと軋むような倦怠感がを襲う。それでも、手を伸ばして揺れる前髪に触れた。少し硬質で、目元を隠すように長い前髪。

「ん・・・。Good morning, my honey sweetheart.」

少し眠たげな眼はまだ半分夢の中かもしれない、とは一瞬思ったが、抱きしめる腕の力が強められたことで、その考えは否定する。吐息すら届く距離にある政宗の顔は、いつになく美しく見えた。

、聞いてくれるか」

耳朶や額、頬に幾つも口付けを落とされながら、不意に呼び掛けられる。なんですか、と顔を政宗に向けたは、その続きを待った。

「昨日言ったな、いついなくなるか分からない、だから怖い、と。だがな、ンなこと俺は知ったこっちゃねえんだよ。いつか、もし、なんざ、そんな不確かなモンを幾つ並べても限がねえ。の言葉を借りて、いつか、もし俺とが離れる日が来たとしても、それでも構わねえ。俺の、傍にいてくれ。・・・それから、」

一度言葉を切り、ふっと微笑むと、の頬を両手で優しく包む。そして、の耳に唇を寄せ、囁いた。

「Please love only me always.」

いつでも俺だけを愛してくれ。それは混じり気のない、政宗が唯一に求める願いだった。再びと目を合わせると、他には何も望まねえよ、と苦しげに呟く。縋るような眼差しは懇願しているようにも見えた。は、それに答えるように微笑みを返し、ゆっくりと、深く頷く。

いつか別れが訪れるかもしれない。期限付きの恋かもしれない。しかし、政宗はそれでもいいと、傍にいてほしいと、を、だけを求めてくれている。ならばも異論はない。いつか訪れるその日が、が再び元の世界へ戻ってしまう日なのか、もしくはどちらかの命が絶える日なのか、いずれであっても、構わない。
政宗はだけを欲し、またも政宗だけを欲している。は、全てを受け入れる覚悟を決めた。

「Ah, そういや一つ言い忘れてたな」
「今度はなんですか?」

ぱちりと瞬きをするに、政宗はくつくつと喉を鳴らしながら、その細い手首を持ち上げ、昨夜の行為の謝罪の念も込めて、手の甲に口付ける。の頬が一気に色付くのを眺めながら、ゆっくりとその手を下げた。

「Will you marry me?」

は一瞬呆気にとられたように、え、と口を開きしばし沈黙した。しかし直ぐに再び自身の顔が熱くなるのを感じながら、はい、と政宗の一つだけの目を見つめて答えた。
その答えを受けて、政宗は徐にを抱き寄せながら唇を重ねる。ちぅ、と触れるだけの優しい口付けは、まるで少年と少女が初めてするそれのような初々しさだった。

「改めて思いましたけど、政宗さんって気障ったらしいですよね」
「気障な男は嫌いか?」
「さて、どうでしょうね」

くすくすと笑いながら、今度はから政宗の唇に自身のそれを重ねる。不意を突かれた政宗は一瞬硬直したが、反撃と言わんばかりに深いものへと進化させの呼吸を飲み込む。やはり、軽いそれより、こちらの方が政宗の性分に合っている。
ああ、予想通りだとは人知れず呆れながらも、それを拒むことなどなかった。当然のように入り込んできた舌を受け取り、幾度も経験させられたことで覚えてしまった反応を返す。

祖母のお告げとは違うかもしれない。しかし、今のにとって、政宗が運命の人だ。ならば、もう、いっそ、余計な不安や躊躇いはかなぐり捨てて、この人と生きていこう。はそう信じ、自らの運命を政宗に託した。