「今も昔も俺様はかっこいいでしょ。なーんてな。びっくりした?あはは、そんな鳩が豆鉄砲くらったような顔すんなって。ま、状況が飲み込めないって気持ちは分かるけど。
とにかく、長旅お疲れ様でした、と今は言っておこうか」

困惑と驚きに声を発することも反応を返すこともできないを受け流すように、佐助は矢継ぎ早に言葉を重ねていく。一呼吸ついても佐助の表情に変化はない。

「あのね、俺は全部知ってたの。と言っても、忍の俺じゃないぜ?今の、俺様、ね」

完全に混乱しているは、それの意味を読み解く冷静さを失っていた。そっくりそのまま額面通りに受け取れば難しい話ではないが、考えるより先にあらゆる感情が飛び交い、の思考を遮ってしまう。しかし佐助は特別気にする様子もなく続ける。

「・・・なあ、覚えてる?と出会ったファミレスのバイト。あれはさすがに驚いたな。新しい子が入って来るって聞いて、どんな子かなーって楽しみにしてたら、まさかの、ちゃん、ってね」

ちゃん。そう呼ばれた瞬間に、理解が追いついていなかったの思考がゆっくりと動き始める。
この佐助にがそう呼ばれていたのは、出会って1か月間程の短い間だった。告白をされて付き合うことになり、それと同時にと呼ばれるようになっていた。当時は慣れないその響きにしばらく照れたりしたものだ。
それから、ちゃん、と呼んだのは、あの佐助だけだった。

「物心ついた頃から持っていた記憶があって、その中でも一際輝いてた女の子。それが、前触れもなく目の前に現れたんだぜ?運命だと思ったなぁ。しかも、憎き独眼竜でもなく、旦那でもなく、俺だけを知って、俺だけを見てくれて。
だから、今度こそ離さないって決めて、上手くいった、はずだった。がバッサリ髪を切って、俺の知らないになって、そういえばあのはいつ、どこから来たんだろう、って疑問が浮かぶまではね」

が髪を切ったのは、高校2年の秋だ。たまたま雑誌を見ていた佐助が可愛いと言ったアイドルは、髪の短い快活そうな子だった。髪を伸ばすことに特別こだわりを持っていたわけでもなかったは、イメージチェンジも兼ねて思い切ってショートボブにした。クラスメイトからの評判もなかなか上々で、佐助も確かに似合うと笑ってくれたのに。

「その時、旦那が言ったことを思い出したんだ。自分が出会った頃より幾らか年若いようだ、って言葉を。あの頃の俺はさ、そんなわけあるかって笑い飛ばしてたよ。でも旦那は、確かに殿本人から聞いたのだ、なんて真面目な顔して怒ってて。それを思い出したら、全部、理解できた」

それまで全く表情を変えずに、いつもと同じように淡々と続けていた佐助の顔色が変わった。寂しげな目で、思い出を辿るように遠くを見ている。
佐助は全て知っていた。のことも、があちらに飛ばされることも、そして政宗と出会い恋に落ちることも、全て。はようやく、時折佐助が見せていた切なげな表情と、繰り返された言葉の意味を理解した。

『運命の相手って、きっと生まれた瞬間から決まってるんだよ。悲しいけどね』

『もしもの話だけど、もし仮に俺とが別れることがあっても、どうか悲しまないで。きっとまた出逢えるよ』

あの頃のは、どうしてそんな悲しいことを佐助が言うのか、到底理解できなかった。運命の人を佐助と信じていたにとって、佐助の紡ぐその言葉は何より辛かった。しかし、今ならば分かる。

「それでも、今のを知るのは俺様だけなら、って、望みは捨てなかった。そんな時、のおばあちゃんに会ってさ。あの人は俺が過去の記憶を持つことも、いずれが違う世界へ飛ばされることも、知ってたよ。ついでに、そこで出会った大切な人と離れてしまう、ってことも、ね」

続けられた佐助の話に、は目を見開く。祖母は知っていた。何もかも、知りながら、それでも敢えて何も言わず、の望む道へと歩ませてくれていた。佐助と付き合うことになった日の夜、運命の人に出会えたかもしれないとは祖母に告げた。それはよかったねぇ、と自分のことのように微笑みながら頷いてくれていた。真実を伝えれば、がどれほどショックを受けるか、祖母は分かっていたのだろう。時が来れば話そうと考えていたのかもしれない。

「その時の俺様の気持ち、わかる?ほんのわずかにも握りしめていた希望が一瞬で打ち砕かれたんだぜ?ああやっぱり俺じゃなかったんだ、って。何百年経っても、俺様の邪魔ばっかりすんだよ、あの男は」

自嘲気味にそう言いながら佐助は口元を歪めた。
佐助は気付けば、真田隊長、猿飛佐助としての記憶を持っていた。しかし、幸村も、信玄も、どこにもいなかった。佐助だけが同じ容姿に同じ名を持ち、再び生を享けていた。だが佐助には一つだけ分かっていることがあった。と自分はどこかで出会い、そして恋仲になるはずだということを。や幸村の話では、確かに佐助はと繋がっていたのだから。

いつになったらその時を迎えることができるのか、巡り巡って道が変わってしまったのかもしれない、そう諦めかけていた頃、は現れた。記憶の中のそれと何一つ変わらぬ容姿で。そこで初めて、佐助は自分が持っていた記憶に感謝をした。これで、とやり直しができる、今度こそ誰にも渡さないと強く誓った。しかし現実は残酷だった。はどこかであの頃へ旅立ってしまうのだと思い出し、そしての祖母の言葉は、それを確信へと導く。

「さて、と、種明かしと昔話はこれでおしまい。俺様の話、理解できた?」

ついさっきまでとは別人のように、再びへらりと何食わぬ顔で、佐助はに問いかける。は困惑しながらも、首を縦に振っていた。いっそ嘘だと笑い飛ばしてしまえば、もっと楽になれたかもしれない。しかし、欠けていたピースがぴたりと見つかった今、否定材料はどこにもない。

「それじゃ、ここからが本題ね」

佐助の目つきが変わる。の知る、佐助ではない。忍として生きていた彼が、戦場でそうしていたように、感情を殺していたように、まるで表情の読めない目をしている。は初めて、佐助を怖いと感じた。

「俺が過去の記憶を持っているのは分かってもらえたと思うけど、それは俺様だけに許された特権。俺以外にあの世界を知る人間が、いてはならない。それが生まれ変わりだろうと、あとから得たものだろうと、関係なく、ね」

の手の平にじわりと汗が滲む。佐助が顔を寄せたことで、ほんの少し縮んだ距離がとてつもなく恐ろしい。相変わらず、佐助の目からは感情が読み取れない。

「ここで質問。俺様はね、記憶を消すことができるの。が望めば、あの記憶だけを無くしてあげる。それが嫌なら・・・これ以上、言わなくても分かるだろ。さて、はどっちを選ぶ?」

向こうで過ごした記憶を消す。それは即ち、政宗を、忘れる、という意味だ。今いるは、ただ、祖母の故郷に訪れ昔の恋人に再会しただけ。あの世界へ飛ばされることも、政宗と出会うこともなかった。全てがリセットされる。拒めば待っているのは死だ。
それでも、に迷いはなかった。死ぬのは怖い。しかし、政宗を忘れて生きていくぐらいなら、政宗の記憶を持ったまま、この身が果てる方がよっぽど幸せだ。それほど、政宗を忘れるなんてには考えられないのだから。
はごくりと唾を飲み、静かにゆっくりと深呼吸をする。

「私は、政宗さんを忘れたくない」
「それがの答え?」

が黙って頷くと、佐助はそっかと寂しげに笑う。溜め息を吐いて空を見上げ、またフラれちゃった、などとわざとらしく嘆いてみせる。しかし冗談めいて見えるその仕草も口調も、目を見れば嘘ではないとは気付いた。それは、の好きだった佐助だ。

の覚悟はよく伝わった。せめて、苦しまずに逝かせてあげるね。さ、目を閉じて」

佐助の手がの瞼を覆う。まだ弱い日差しを遮るその手は、ゆっくりとの意識を遠ざけていった。政宗さん、さようなら。最後の力を振り絞りどうにか呟いた声は、寝言のようにおぼろげで、それでいて確信に満ちている。

「さよなら、。独眼竜と幸せに」

沈みゆく意識の中で聞こえた佐助の言葉に、は静かに微笑んだ。あの世で再会できるなら、それも悪くない、と。



次の瞬間、は、まっさらな陸地に横たわっていた。辺りには何もない。しかし確かに、人が住んでいた形跡が微かに感じられる。その景色には見覚えがあった。
そこは、あの日見知らぬ世界に飛ばされてから3か月程過ごした、あの村だった。焼け放たれたと聞いたが、その目で見たわけではない。人は勿論、家や木々、田んぼも何もない。それでもは、そこがあの村だと確信できた。これが死後の世界なのだろうか。

思わず身震いをし不意に首元へ手を伸ばしてみれば、ないはずの感触があった。また、髪が伸びている。いや違う、また、若返っているのだ。ならば、ここは。
沸き起こる期待に逸る気持ちを抑えつつ、は体を起こし立ち上がる。

「随分とつれねえじゃねえか、俺を置いて消えちまうなんてよ」

少し離れた位置から聞こえた声が徐々に近付き、はゆっくりと振り返った。
そこには、の見慣れた袴姿でも着流しでもなく、兜と青い鎧に身を包み、腰には六本の刀を下げた、政宗が微笑んでいる。
喜びのあまり足が動かぬに政宗は歩み寄り、些か乱暴な手付きで抱き寄せた。

「会いたかったぜ、honey」
「政宗さん・・・、もう、会えないと、」
「俺も思った、一度はな。だが、長い夢の中で教えられたんだよ」

歓喜に涙しながらそっと顔を上げ、は政宗を見つめる。息がかかる程の距離に政宗がいて、そして政宗もただを見つめていた。

「運命は繰り返すものだから、別れはつまり出逢い、なんだろ?」

続いて発せられた言葉に、はハッと息を呑む。それは幾度も祖母から聞かされていた、運命を締めくくる最後の言葉だ。それをどうして政宗が知っているのか。これは、やはり死後の世界なのか。は訳が分からず、困惑に表情を歪めた。

「あの日、お前が消えちまった日、俺は倒れ、そして夢を見た。そこで出会ったんだよ、お前のおばあちゃん、とやらに。で、猿との関係を聞かされた。胸糞悪ぃと思ったさ。あの野郎だけ、あっちでもこっちでもと出会っていやがる。だが、アンタの祖母さんは、こう言った。あの子が心から望めば試練を乗り越え帰って来る、ってな」

試練。その言葉に、は佐助を思い出し、そこで気付いた。佐助はに覚悟を問うたのだ。記憶をとるか、死をとるか、その難題に打ち勝っても尚、政宗を想い続ける覚悟があるのか、と。そしてその覚悟を知った佐助はを政宗の元へと送り出してくれたのだ。

は、ぽつりと佐助の名を呟く。そこには詫びと、言い換えようのない感謝の気持ちが含まれていた。政宗は一瞬不機嫌な表情を見せたが、それの意味を悟ったのだろう。を抱きしめる腕の力を強めながら、再び口を切った。

「本当か嘘か、俺の都合のいい幻想か、どっちでもよかった。可能性があるなら、またに会えるなら、それに賭けてやろうと。目を覚ましてから、毎日毎日、一日と空けずここへ来た。家臣が騒ごうが、戦が起ころうが、必ずな。けどそこには誰もいやしねえ。今日で丁度、三月だぜ?」

あちらとこちらでは、流れる時間が違っていた。が戻り佐助と会話していた一時間足らずは、こちらでは3か月以上も過ぎていた。正室候補が姿を消し、政宗の元には幾つも縁談が持ち上がったはずだ。1日2日ならおろか、3か月もそれを突っぱね続けるのは、なかなかに根気が、そして何より覚悟が要る。それでも、政宗は信じてを待ってくれていたのだ。

「政宗さん・・・ありがとう」
「礼なんざ要らねえ。ンなことより、一つ聞かせろ」

隻眼が鋭く、そして優しくを捕らえる。見つめられただけで呼吸を止められてしまったような、そんな錯覚に陥るほど、を見る政宗の目は、の心臓を鷲掴みにした。

の運命の相手ってのは、誰だ?」

その瞬間、の中で何もかもが繋がった。今のこの状況が、全てを物語っている。
十七歳になって初めて出会う人、それは紛れもなく。

「・・・政宗、さん」
「ようやく、だな。ったく、アンタの祖母さんも遠まわしな表現してくれたモンだぜ。最初からこの俺だって言っときゃ、こんな面倒な話にならず済んだろうによ」
「でも、すっごくロマンチック」
「Hum, 回りくどいのは好かねえが、とならそれも悪くねえ、な」

どちらともなく笑みがこぼれ、どちらともなく距離が縮まる。互いに抱きしめ合う力が強くなり、ふわりと重ねられた唇は二人の心境を物語っているようだ。それは、慈愛に満ち、これから再び共に歩いていこうと誓い合う姿。

「I love you, 。もうどこにも行かせやしねえから、覚悟しとけよ。You see?」

祖母の言葉の本当の意味、そしてが若返ってまでここへ来た理由、それは全て、を政宗の元へと導くためのものだった。運命という言葉に翻弄されながら、それでも信じ探し続けてきた。幾度も擦れ違い、傷付け合い、そして幾度も心を寄せ合った。互いに一度は諦めたが、今こうして再び巡り会っている。

遥かな時を超えて結ばれた運命の糸は、決して途切れることはない。二人を隔てる境界線など、もう、どこにもないのだから。
そして動き出した物語の続きは、確かに繋がれた二つの手が紡いでいくに違いない。