娘を抱えて馬を走らせる。血の気の薄い顔色に政宗は自身の表情を歪めながらも城へと急ぐ。何を考える余裕もなかった。ただ、その娘を一刻も早く助けたい、いや、助けなければならない、そんな思いで手綱を握る。
「政宗様!またお一人で抜け出されるとは、あれほど申したはずですが、」
「小十郎、説教は後で聞く。今はコイツの手当が先だ。薬師を呼べ」
「その娘は一体、」
「小十郎、聞こえなかったか?」
「はっ」
政宗のただならぬ雰囲気に圧倒され、問うことも許されず小十郎はその場を去る。再三の注意も聞かず抜け出しては遠駆けや散歩に出かける主に頭を抱えてはいたが、今度は見知らぬ娘を拾ってくるなど予想もつかぬことをしてくれる。薬師を、と女中らに声をかけながらも、更なる悩みの種に小十郎は頭痛を覚えずにはいられなかった。
薬師の到着を前に用意された部屋へとを抱えて入り、そっと布団へ寝かせる。息はあるが脈が遅い。血色の薄い顔、紫がかかった唇、見知らぬ娘の無事を願いながら政宗は前髪を撫でた。まるで恋人を気遣うような優しさで。
「政宗様、薬師が到着しました」
「Okay, コイツを診てくれ。山道奥の林で倒れていたんだが、気を失っているようだ。それから小十郎、あの奥に村があったな?焦げた匂いが充満していた。様子を見て来てほしい」
「承知しました。すぐに向かわせましょう」
小十郎が部屋を出てしばらくすると薬師が顔を上げて政宗を見る。体は冷えているが命に別状はない、足を捻挫しているが骨に異常はないようだ、と診断結果を聞き終わった途端に安堵の息が漏れる。
「Thanks. 助かった。俺はコイツが目を覚ますまでここにいる。また声を掛けるが、そのときは頼む」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
しばらくすると体が温まり始めたのか、次第にの顔色が明るくなり始める。それでも、健康と呼べるそれには程遠くはあったが、政宗の安心を誘うには十分な変化だった。
「ん・・・」
悪い夢でも見ているのか、眉を顰めて身を捩る。その反動で首にかけていたリングが姿を現した。政宗はそっとそのリングを手に取るが、それは初めて見る代物だった。銀であしらえた輪の中央に薄い緋色の石が埋め込まれている。
しばらく眺めていたところ、うっすらと目を開く様子に気付き横たわるへと視線を戻した。
「Hey, girl. 気分はどうだ?」
「ここは、あなたは、村は、」
「そういっぺんに聞くなよ。まず、俺は奥州筆頭伊達政宗、そしてここは俺の城だ。村は、悪いがわからねえ。今遣いをやっているが、おそらく、」
「おばあさんは?おじいさんは?村の、みんなは?」
「落ち着け。言っただろう?わからねえ、と」
村の安否を問いながらも涙を流すは、きっと分かっているのだろう。もうあの場所には戻れない、いや、戻る場所がないのだ、ということを。泣きじゃくるの涙をそっと政宗が拭う。その泣き顔に心臓が握り潰されるような感覚に政宗自身も驚いた。
次第に嗚咽が治まり、乱れていた呼吸も落ち着き始める。平常心を取り戻したと判断した政宗は、前髪を撫でながら、大丈夫かと尋ねる。それに対し弱々しくが頷くと、俺から質問してもいいかと問われ、は、小さくしかしはっきりと、はいと答えた。
「あの村から来たんだな?名前は?」
「はい。私は、、といいます」
氏名を名乗ろうかと一瞬考えたが、農民は氏を持たないことを聞かされていたため、敢えて名だけをは答えた。下手に同じ氏の敵でもいたら疑われてしまうとも思ったからでもあった。
「か。これは、お前の物か?」
首にかけられていたリングを指すと、それまで力無かったが過剰なまでに素早く反応しそれを取り戻す。まるで触られるのが不快だとも言いたげな目だ。
「大切な物なんだな、悪かった。それは、necklace、いや、ringか?」
「あ、ごめんなさい。つい・・・。これは指輪。おばあちゃんの、形見だから」
大事そうにを握りしめ、ぽつりと答える。その表情に政宗は目を奪われながらも、別の疑問がすぐに浮かぶ。今、確かに俺の言葉を理解した、と。ネックレスもリングも、側近である小十郎でさえ理解できぬ単語だろう。しかしそれを、このという娘は聞き返すことも考えることもなく、意味を理解し答えたのだ。
異国語を知っているのかと尋ねようとも思ったが、やめた。しばらく様子を見ようと判断をしたためだ。
「Hum, その『おばあちゃん』とやらは、村にいた住民か?」
「村のおばあさんとは、別です。おばあちゃんは、私の祖母のこと」
「あの村に来る前、別の所にいたってことか?」
ハッとしたようなの表情に政宗は思わず笑みを浮かべる。渋々頷いたを眺めながら、その正体を怪しむよりも何か起こりそうな予感に期待を膨らませた。
「政宗様」
「どうだった?」
「敗走兵に襲われたようです。村は壊滅状態。生存者は、恐らくいないでしょう。いや、その娘だけ、でしょうか」
「That's right. 村から逃げてきたらしい。というそうだ」
「左様ですか」
哀れみの眼差しを向けられ、の涙腺はまた緩み始める。優しかったおばあさんもおじいさんも、村のみんなも、もういない。気付いていたはずだったが、その事実を突きつけられると、やはり悲しくて仕方がなかった。
「辛かったな。好きなだけ泣け。お前の身は俺が保障してやる。あとのことは気にするな。小十郎、構わねえだろ?」
「致し方ありません」
「だが、しばらくは休養が必要だ。体にも心にも、な。、ゆっくり休め。OK?」
「はい。ありがとうございます」
行くあてもないにとって、政宗の言葉はこの上ない救いの手だった。涙に濡れる目元を拭いながら感謝の言葉を述べるが、空気が変わったことに気付き、そっと手を下ろす。悪戯を企むような表情の政宗と、驚いたような小十郎。失言があっただろうかと記憶を辿るが、これと言って可笑しな点はなかったはずだ。
「お前、異国語が分かるのか?」
「え?いこくご?」
「つまり、foreign languageだな」
小十郎と政宗の言葉を繰り返す。いこくご、foreign language、そうか、異国語か、と、そこまで理解した所での思考は停止する。自分の失敗は発言ではなかった。政宗の問いに対して疑問も持たずに答えてしまったことだった、と気付いた時にはもう遅い。訝しげな小十郎の視線がをしっかりと捉えている。思わず身を竦めた。
「いや、あの、話の流れで、なんとなく、確認の問いだろうなと、」
「ほう。なら、さっきのforeign languageも流れで汲み取ったってわけか?利口なこった」
「そ、それは・・・」
慌てるを余所に政宗はさも可笑しそうにくつくつと喉を震わせている。その間にも小十郎の視線は更に鋭くなり、はそれ以上の言い訳が思いつかず口を閉じるしかなかった。この時代に英語を理解する人間の方が異質なんだ、失敗した、とは反省をするが、もう遅い。現代では当たり前のように外来語や英語が氾濫し、それ抜きではビジネスはおろか会話すら成り立たぬが現状だ。しばらく農村で暮らし、この時代にも馴染んできたと思っていたがやはり現代で暮らした時間の方が長いためか、違和感に気付くことができなかった。
「お前、何者だ?」
小十郎の低い声に体が強張る。探るどころか刺すような目と殺気立つオーラには震える。恐ろしくて声も出ない。殺されてしまうかもしれない。そう思えば、恐怖は増すばかりだった。
「Stop, 小十郎。それくらいにしとけ。コイツは怪しい奴じゃねえ」
「しかし政宗様、そのような保障はどこにもなく、ましてや、一介の農民が異国語を理解するなど聞いたこともありません。敵国の忍が農民に紛れていた可能性も、」
「Ha, コイツが忍だ?こんな弱っちい忍なんざ聞いたことねえな。それに、どうやらお前がいると黙っちまうらしい。俺が話を聞くから、小十郎、お前は下がってろ」
「政宗様、なりません」
「小十郎」
有無を言わせぬ視線と口調に小十郎の反論が止む。しばらく考えていたが渋々頭を下げ、に一瞥をくれると部屋を出て行った。その一連のやり取りをはただ見つめていたが、小十郎が部屋を出るとほっと安堵の息が漏れた。それを政宗が目敏くも拾い、口角を上げる。
「小十郎はあんな見た目だが、が思ってるほど怖くはねえよ。直に慣れる。ところで、そろそろ教えちゃくれねえか?アンタ、どこから来た?」
再開された政宗の問いにどう答えたものかとは思案する。正直に話すべきだろうか。しかし信じてもらえるわけがない。敵のいない農村ならまだしも、いつ狙われてもおかしくない一国の主だ。正体不明の自分をいつまで匿ってもらえるか、考えずとも容易い。
「Hey, 黙ってちゃ分からねえぜ?それとも俺に言えない過去があるってのか?」
「信じてくれますか?」
「Of course. 仮に敵国の忍と言われても、の言葉なら俺は信じるぜ?」
情報を引き出すための戦術かもしれない。一瞬そんな不安がよぎったが、に向けられている政宗の目は、泣いている赤子をあやすような優しさを帯びていた。
決心したは、事の経緯を順に話し始める。ただし、やはり年齢についてはどうにも説明がつかず、気付いたら若返っていたなどとは終ぞ打ち明けることができなかった。
「なるほど、な。未来から来た少女ってわけか。Ha!面白いじゃねえか。気に入った、よし、俺の話し相手になれ。アンタが住んでいた世界について、それからについて、俺に聞かせてくれよ」
「それだけ、ですか?」
「ああ、それだけだ。小十郎には俺から言っておく。はまず体調を回復させて、それから、俺の相手をしてくれりゃいい。何も心配はいらねえ」
「ありが、とう、ございます」
の頬を撫でる政宗の手があまりにも温かく、向けられた目があまりにも優しく、そして掛けられた言葉への安堵から、は今日何度目か分からぬ程の涙を流し、ありがとうを繰り返す。
涙を拭う政宗の指先の温度に疲れ切った体が癒されていくのを全身で感じながら、はゆっくりと眠りに落ちて行った。
「Good night, 。いい夢見ろよ」
既に眠っているがそれを聞いているわけもなかったが、何故か答えるように微笑みを浮かべた。その表情に政宗も柔らかく微笑み、すっと胸の奥が穏やかに呼吸をする感覚を味わっていた。
正直言ってがどこから来て何者なのか、それらは政宗にとってさほど重要ではなかった。ただ、純粋に、が欲しい、と直感的に、いや、本能的に欲していたのが本音だ。この奇跡にも似た巡り会わせがそう思わせるのかは定かではないが、宝物を見つけたような高揚感に思わず口笛を吹いた。