「そのような戯言、本気で信じていらっしゃるのですか?」
「Ah?見たこともねえ装飾品を身に着け、異国語を難なく理解し、徹底的に調べさせても正体不明、これだけの材料があれば信じねえって方が無理な話だと俺は思うがな」
「しかし、政宗様に危害を及ぼさぬ保証はどこにもありません」
「Shit!お前は俺が女一人にどうこうされる柔な主だと思ってんのか?随分とナメられたモンだな」

政宗がを連れ帰った日の夜、事のあらましを説明する政宗とそれを訝しげに聞く小十郎がいた。未来から来たなどと誰が聞いても疑いの目を向けるだろうに、と小十郎は溜め息をつきたくもなるが、主を前にしている今はそれを飲み込んだ。

「百歩譲って、あの娘を城へ置くとしましょう。どうされるおつもりで?」
「しばらくは休ませる。回復したら、そうだな、俺の正室に迎えるってのはどうだ?」
「政宗様、ご冗談はお止めください」
「Hey, Don't get so angry.」
「都合が悪くなると異国語で逃げるのは変わりませんな」

耐え切れず、やれやれと言わんばかりに小十郎は溜め息をつく。そこには、どこまでが本気か分からぬ政宗の言動に対する呆れ、そして、正体不明の娘を室に入れるなどと言った突拍子もない提案への牽制が含まれていた。

「いきなり正室にってのはさすがに刺激が強かったか?だが・・・」
「政宗様?」
「It was nothing. まあ気にするな。の処遇については直に考える」
「先日、若い女中が一人辞めたばかりです」
「だからどうした?悪いが、俺はを女中にする気はねえ。アイツには俺の話し相手になれと言ってある。それ以上やらせるつもりはねえな」

どう言っても聞かぬ政宗に、さすがの小十郎も諦めを覚え始めていた。今は物珍しさから執着しているだけだろう、ほとぼりが冷めれば女中として働かせればよい。そう考えた小十郎は、おとなしく頭を下げ、政宗の部屋を後にした。


一夜明け、の顔色も健康的なそれに近付いていた。ただ、折れてはいないものの捻挫の具合が思わしくなく、一人で立ち上がることすら儘ならぬ状態だ。
政宗の命令ということもあり、薬師や女中がに付いて看病をする。予想外の好待遇に自身も戸惑いを隠せない。現代にも医師や看護師はいたものの、金銭を払って診察をしてもらうのが常識だ。身寄りもない自分が至れり尽くせりでは申し訳ない、そんな気持ちでいっぱいだった。

、気分はどうだ?捻挫の具合が悪いらしいが、痛むか?」
「足は痛みますが、我慢できないほどじゃありません。それより、何もかも任せきりで居た堪れなくて」
「なんだ、気遣ってんのか?」
「そりゃそうですよ。私は伊達さんと違って一般人なんです。富も名誉も権力もありません。こんな待遇、なんだか落ち着きません」
「その呼び方やめろ。ここにどれだけ『伊達さん』がいると思ってんだ」
「あ、そうでしたね、ごめんなさい。えっと、政宗様、でしょうか?」
「アンタに様なんて付けられるのも居心地が悪い。政宗でいい」
「さすがに呼び捨ては・・・。政宗さん、で、どうでしょう?」

満足はしていないようだが、様付けされるよりかはマシらしい。しょうがねえな、と少しつまらなそうに答える様子は年相応だろうか。よりも幾らか年若い国主は、一国の主だけあって現代の同世代に比べると、やはりどうしても大人びている。尤も、今のは政宗よりも年下であるため、年若いなどと言えば失礼にあたるのだろうが。

「足が治るまで、動き回るなよ?」
「自分の立場くらい弁えてます。勝手に抜け出すつもりも悪さする気もないのでご心配なく」
「そういう意味で言ったんじゃねえ」

勝手は許さぬと受け取ったは、世話になっていることへの感謝もありながらどこか不快に思い、つい皮肉を述べてしまう。発してからしまったと口を噤んで政宗の顔色を窺うが、気分を害した様子はなく、どちらかと言えば呆れたような苦笑いを浮かべての頭を撫でている。

「そういやアンタ、年はいくつだ?」
「十七です」

たぶん、という言葉は飲み込み、あの日鏡に映った容姿から判断した年齢を告げる。
改めて考えても納得がいかない。何かのきっかけで過去に飛ばされてしまったのはアリだとしよう。いや、それ自体も納得してはいけないのだが、それに加えて年齢までも操作されてしまうのはどうしても理不尽に思えた。

「十七ともなれば、縁談の一つや二つあるだろう?」
「まさか。私の時代では、十代で結婚、えっと妻や夫がいる方が稀ですよ」
「するとも一人身か?」
「そうです。まだ十七ですからね」

22歳の自分へ言い聞かせるように口調を強める。高校を卒業して社会に出て、結婚とは縁のない、とまでは言い切れぬが、深く考えたこともなく過ごしてきた。
祖父が亡くなる直前にの花嫁姿が見たかったと呟いた時には悔んだりもしたが、当時は高校生だった。彼氏はいたが、結婚を前提にしたお付き合いではあるはずもなく、だけど今思えば、一生を共にするならと本気で思えたのは彼だけだった。あれから卒業をきっかけに彼は故郷へ帰ってしまい、社会に出たも忙しくなり、決まった別れの言葉もなく自然消滅した。何度も連絡しようと試みたが、拒絶されるのが怖くて諦めたのを思い出す。

「どうした?想い人のことでも思い出したか?」
「ち、ちがいますっ!」

くく、と冗談めかして問われたことで漸く我に返り、慌てて否定をする。しかしその否定が却って肯定を現していて、いくつになっても感情のコントロールは難しい、とは頬を赤らめる。それを見つめる政宗が、不機嫌になるのも気付かずに。

「まあ、昨日の今日だ。ゆっくり休むんだな」
「あ、あの、ありがとうございます」

先程まで笑っていたはずの政宗が無表情で部屋を出て行くのをは黙って見つめていた。何か失敗しただろうか、とまた記憶を辿るもやはり思い付かない。馴れ馴れしい態度が気に食わなかったのかもしれない、と結論づけると、態度を改めようと溜め息をつきながら布団を被った。


その翌日、昼も過ぎた頃に政宗はの部屋へ向かっていた。昨日のことを思い出し、大人気ない態度をとったと内心で舌打ちをする。襖に手を掛けると中から話し声が聞こえて思わず手を止めた。小十郎の計らいにより喜多がの面倒を見ていることは聞いていたが、すっかり打ち解けている様子に政宗は驚く。

「へえ、じゃあ喜多さんは小十郎さんのお姉さんなんですね。全然似てません」
「似ているなんて言われたら寝込んでしまいそうです」
「ふふ、喜多さんひどい」

2日経ち慣れてきたのかの声色にも元気が戻っている。倒れていた時を思えば立派な変化だが、やはりどこか遠慮している節が見受けられるのも事実だ。自分には心を開いているのはいいことだが、誰にでも愛敬を振り撒くのもいかがなものかと苦笑いしながら政宗は襖を開けた。

「まあ政宗様、女子の部屋へ入るに声も掛けぬとは感心できませんね。お気を付けくださいませ」
「Sorry, 気を付ける。ところで、具合はどうだ?」
「はい、ご心配には及びません。お気遣いいただきありがとうございます」

仰々しく頭を下げるに違和感を覚えながらも喜多を退室させ、布団の横に政宗は腰を下ろした。視線を投げても一礼されてしまう。いよいよ様子がおかしい。

「Hey,
「どうされましたか?」
「何があった?ンな堅苦しい言い回しは勘弁してくれ。どうも居心地が悪い」

しかしは小さく、申し訳ありませんと呟いただけでそれ以上言葉を発しようとしない。先程まで喜多と談笑していた者とは別人のようだ。顔を覗きこむと、政宗の顔色を窺うような視線を向けられたかと思えば慌てて逸らす。

、look at me.」

困ったような、機嫌を窺うような表情に政宗もやり切れずの前髪を撫でる。一瞬びくりと反応したのに政宗も驚いたが手は止めなかった。

「あの、昨日は、その、申し訳ありませんでした。失礼な態度をとってしまって」
「Huh?一体何の話だ?」
「私が無礼を働いたから、気に障ったのでしょう?だから、」
「何をどう勘違いしたらその発想に行き着くのか理解できねえが、見当違いもいい所だ。それに、昨日は、俺も大人気なかった」

まるで分からない、と顔に書いてあるようなの表情に、政宗は思わず喉を鳴らす。出会って3日足らずの娘に、どうしてこうも振り回されてしまうのか。特別に美人というわけでも、魅力的な体系でもない。未来から来たという特殊な経緯を持ってはいるが、そうではない。という一人の女に惹かれてしまっている自分がいることに、政宗自身も気付いていた。

「政宗さん?」
「ん?どうした?」
「いえ、ただ、怒っているんじゃなくて、よかったって、思ったら、」

呼ばれたことに気付き慌てて視線を戻せば途端に泣き出す。幼子のように涙を流すは、政宗の心を掴んで離さない。自分が泣かせているのかと気付けば居た堪れず、流れる涙を指先で拭う。熱を持ったそれが何処か気恥ずかしくも、政宗の心に積もっていく。

「泣き虫だな」
「わからないけど、きっと政宗さんの所為なんです。あなたのこと見てると、何故か、」
「光栄な言い掛かりだ」

理不尽だと笑いながらを抱き寄せる。泣いている所為か体温が高い。春と言えども奥州は寒く、だから、と片付けるには事足りぬ程、の体温は心地よく政宗を支配する。

「政宗さんって意外と優しいんですね」
「意外ってのはどういう意味だ?」
「ふふ、そのままの意味です」
「ったく。そうやって笑ってろよ。その方がcuteだぜ?」

赤らめた頬に口付けたい衝動をどうにか抑えた。きっとは知らない。止まることを知らずに膨らんでいく政宗の想いなど、が知る術もない。そのうち嫌ってほど教えてやる、と脅しにも似た決意をそっと固めながら、抱きしめる腕の力を強めた。その中でが笑っている。こんなにも穏やかな熱情を、政宗は知らなかった。