第7話:おそすぎた発見
音を立てて閉まった鉄の扉を呆然と見つめ、ゆっくりと、頬をさする。喧嘩なら負けやしねェよ。殺られる前に殺る。それが俺のモットーだ。しかし、あの手を避けることはできなかった。てめーに関係ねェだろ。いつもならそう吐き捨てていた。
縋る女、面倒な女はあっけなく捨ててきた。寄ってくる中から適当に見繕って、その場限りの関係を持つ。後腐れなく遊べそうなら何度か相手してやるが、たいてい最後は似たようなモンだ。
ここへ群がる女なんざ、体を売って媚びるような馬鹿しかいねェ。だから、泣かれようがキレられようが、どうでもいい。使えねーなら捨てるだけだ。無論、後悔したこともなけりゃ、罪悪感のひとつもない。
だが今はどうだ。あいつの声が頭の中で行ったり来たり。俺自身が紡いだ言葉ですら、嫌気が差す。
何が愛だ、くだらねェ。そう何度も言い聞かせようとも、あの声が、ツラが、こびりついて離れやしねェ。イカレてる。この頭は完全にイカレてやがる。
煙草に手を伸ばす。このイカレた頭をリセットしなければ、俺が俺でなくなる気さえした。
しかし、空へと伸びる煙に、またあいつがチラつく。間抜けな顔で惰眠を貪る姿。黒目がちで強気な顔。少し膨らんだ唇。白く細い首筋。やや明るめに染められた風に揺れる髪。顔の割に落ち着いた声。時折見せるひどく大人びた表情。
…何を考えてんだ。たったひとりの女に、なんの価値がある。女なんざ、使い捨ての道具じゃねェか。
相反する己の意思がせめぎ合う。ぶっ壊れてんのは、俺の方か。らしくもなく漏れた自嘲気味な溜め息は、存外濁っていた。
「ここにいたでござるか晋助」
錆びた鉄の音に、反射的に顔を向けた。しかし現れたのは、脳味噌を支配するそいつではない。
「また子が心配して探している」
「心配されるような覚えはねェが」
「そうであろうか?おぬしのその顔は、拙者が知らぬ晋助だ」
サングラスの向こうの表情が読めねーのは、薄暗いこの空のせいか、或いは、このぶっ壊れた頭のせいか。
「似た後ろ姿、似た声、似た髪型、そして、似た空気」
「…あ?」
「あの日以来、ぬしが手に取る女は、どこかしらを思わせるそればかりにござる」
落雷を受けたような衝撃の後、しばしの空白を経て指先から煙草が滑り落ちた。煙が俺と万斉の間を通り抜け、揺らめくはずのそれが固まって見える。
「やはり、無自覚か。拙者からすれば、呆れる程に明白でござるが。晋助よ、ぬしは不器用が過ぎる。こうして声をかけるまで、その頭に鎮座していたのは…いや、これ以上は言うまでもない」
最後の、あの台詞が蘇る。
『気付いてからじゃ遅いのよ』
…あァ、そうだな、。てめーの言う通り、遅過ぎたようだ。もっと、早く気付いていれば、その手を掴んでいたら、お前はどうしていた。
、あの涙は、不誠実な男への怒りか?違ェだろ。知ってんだ。お前が俺に惚れていることなんざ。しかし何も言わず、何をすることもなく、お前はいつも、ただそこにいた。その姿はいつからか、当然の如く俺の日常に溶け込んでいた。
すっかり日は暮れて、空を闇が包み込もうとしている。薄らいだ煙の向こうに見知った顔が浮かぶ。踏み潰せば、あっけなくそれは、消えた。