第5話:とまどいは午後

 「は高杉の女アルか?」

 飲みかけていたいちご牛乳を吹き出しそうになる。3Zに仲間入りしてしばらく経ったある日の放課後、小指を立てながら発せられた、突然の問いにより。
 
 高杉くんと私がなぜ知り合いかという理由は、既に説明を終えていたはず。あの日ホームルームが終わると同時に多くの女子と数人の男子に囲まれ、その間に高杉くんはいなくなってしまって、淋しさを覚えつつも自分の気持ちを隠しながら努めて冷静に説明をした。
 
 その話題は、終わったはずだった。“たまたま屋上で出会った”と不自然にならぬよう強調し、なんでもないような顔をすることで、最初こそは興味を持っていたクラスメートも、割とあっけなく受け入れてくれて。みんなの反応が高杉くんの評判を如実に表していたわけだけれど。まぁそんなこと今はどうでもいい。問題は。
 
 「どうなんでィ、
 「あの高杉が、ふつうの子とつるむなんて、新八をかけてないメガネみたいなものネ。ありえないヨ」
 「本体はこっち!確かに僕の特徴と言えばメガネだけど、生きてるのは新八だから!…でも本当に、仲が良いから、さんと高杉さん。お昼も一緒に食べること多いみたいだし」
 「確かにお昼はたまに。けど習慣みたいなもので、それにまた子ちゃん達もいるし、高杉くんとはそういう間柄ではなく…」
 「そうかそうか、俺とお妙さんのような関係ではないということだな」
 「おいゴリラ、ケツ毛むしりとられたくなかったら黙れ」
 
 笑顔で恐ろしいことを言ってくれるお妙ちゃん。温厚で落ち着いた印象を持っていたその人は、高杉くん以上に怖いのではと今では思っている。
 
 それはそうとして、何がどうして、私が彼と付き合っているなどと、そんな話になるのか。お昼はみんな一緒だというのは半分嘘だけれど…二人でいることもあるけれど…、とにかく女子がそこにいるという理由だけで、なぜそこまで。
 
 確かに高杉くんは、馴れ合いを好むタイプではない。孤高の狼といったイメージだ。だからといって、女子生徒と多少親しいだけで彼女扱いされるのは、さすがにかわいそうな気もする。
 
 硬派な彼のことだから、女の子なんて相手にしないのだろう。知っている限り、高杉くんがまともに会話している女子なんて、また子ちゃんぐらいだ。だからほんの些細なことで噂を立てられてしまうのだろう、なんてことを考えていたら。
 
 「まァ、あの野郎のことでさァ、せいぜい食われねェように用心するんだな」
 「そうよ、ちゃん。男は狼。彼は特にね。体を求められても流されたら駄目よ?」
 「アイツは見境なく食い散らかす獣ヨ。身の危険を感じたら私に相談するヨロシ。あの中二腐った頭をかち割ってやるネ!」
 
 耳を疑うとは正に。まさか。まさか、あの硬派な高杉くんが、そんな。これもまた、噂だけが広がってしまっているんだろう。と、目の前で繰り広げられる爆弾発言に、なんとか立ち向かう。
 なるべく考えないようにと努めたけれどその日の夜はあまりよく眠れず、翌日どんな顔をして会えばいいのかと悩みながら登校したものの、彼は来なかった。思いのほか彼はホームルームや授業に顔を出す。しかし当然、確率で言えば決して高くはなく、贔屓目に見ても五分五分だ。だから彼が学校へ、教室へ来ないことなど何も不思議ではない。少し、ほっとした。
 
 あの噂話は真実ではない、彼は硬派な不良だと自分に言い聞かせ、どうにかこうにか1日を乗り越える。けれど人間の思考というのは実に厄介で、そのまた翌日の4時限目に遅れてやって来た彼の顔を見た瞬間、先日の会話が頭の中で一寸の狂いもなく再生された。
 いやいや、けれど違う。あれは、ただの、噂話だ、彼は、そんな人ではない、と、この数日幾度も繰り返した同じ文句を自分に言い聞かせる。とは言え、完全には払拭できないわけで。まさかまさかと思いながらも、どこかでそれが引っかかってしまう。だからと言って、本人に尋ねることもできず。
 
 「なに見てんだ」
 「いや、別に、何も…」
 「晋助様の美しさにも見惚れてるんスよ!わかる!わかるッスよ!」
 
 屋上にて。ひとり盛り上がるまた子ちゃんを横目に、小さく溜め息を吐く。
 初めて顔を合わせた瞬間は思い切りメンチを切ってきたまた子ちゃんとも、どうにかこうにか和解をし…和解というより説得に近かった…とにかく今はこうして仲良くしてくれている。
 話を戻すと、真偽の程は置いておくとしても例の噂が頭から離れないのは揺るがしようのない事実で、コロッケパンと缶コーヒーで昼食を済ますこの人につい目を向けてしまうのは致し方ない。
 
 「用があるならさっさと言え」
 「用はない、けど…」 
 「あァ?」
 
 用はないけど聞きたいことならあります。今にも拳が飛んできそうな鋭い目にそう告げたら、果たして何と返ってくるのだろう。まごついてる間の視線が痛い。けれど、問うことはできない。2つの意味で、怖かった。1つはまぁ相手が彼なので割愛するとして、もう1つは、私の問題だ。不本意とはいえ好きになってしまったその人が、不特定多数の異性と体の関係を持っている、など、認めたくない。そういった類の男は、大嫌いだ。
 
 「何が言いてェ、はっきりしろ」
 「コロッケパン美味しかった?」
 「喧嘩売ってんのか」
 
 内ポケットに手を突っ込みながら再び鋭い視線を向けられる。そっとそれを受け流して、ごまかすように寝転がった。今日は眠れそうにないけど目は閉じておく。今は、あの目を見てはいけないような気がして。
 
 そう、私は考えることを放棄した。そうでもしなければ、胸が痛くて。よく耳にする、張り裂けそうな痛みというのを知りたくなかった。



 なんだこの女は。じろじろ見やがって、そのツラで何もねェとはよく言えたモンだ。煙草に火を点け、わざとらしく向けられた背中を睨む。
 あの視線は、普段よく目にする誘うような女のそれとは違った。でけェ目を細めて、まるで探りを入れられているようだ。
 
 気にいらねェから珍しく授業に顔を出す。隣の席のそいつは、俺から逃げるように、必死に、黒板と教科書ばかりを追っている。
 くだらねェ。俺が、なぜこんな女に構ってんだ。なぜこうも気にかかる。聞こえるように舌を打つと、身を隠すように背中を丸めやがる。どこまでも気にいらねェ。
 
 「オイ」
 
 「オイ、
 
 「…無視するたァいい度胸だ」
 
 授業終了を告げる鐘が鳴ると同時に慌てて逃げ出そうとするそいつを呼んだ。一声かけるたびに体をびくつかせ、だんまりを決め込んでいやがる。
 
 「聞こえてんだろ、返事しろ。てめーの耳は飾りか」
 「な、なに?」
 
 目も合わさず、そのくせ口調だけはやたらと強気だから更に苛立つ。…だから、なぜこうも腹を立てなきゃならねーんだ。余程のことがない限りは、感情的になんざならねェ、この俺が。
 
 「何をビビらせてんでィ」
 「てめーに関係ねェだろ」
 「、ついに襲われちまったか?」
 「…喧嘩売ってんのか」
 
 沖田とのやりとりを余所に立ち去ろうとする女の腕を引いた。逃げられると思ってんのか。
 
 「い、痛いんだけど」
 「だってよ、高杉。女は優しくしてやらねェと。調教すんなら飴と鞭だぜ?」
 「総悟だけには調教されたくない。…で、なに?」
 「それはこっちの台詞だ」
 「言ってる意味がわからないけど、離してください。痛いので」
 「てめー…」
 
 ギャラリーが集まってきたところで払うように手を離す。見世物じゃねェんだよ。腕をさすると、そこへ手を重ねる沖田。加えて土方までもが参戦し、大丈夫かとの顔を覗き込む。苛立ちがピークに達して、教室を後にした。
 
 煙草が吸いたかったが屋上へ行く気分にはならず、かと言ってプレハブもパスだ。ここのところ何かにつけの話題を出す万斉に、あれこれと詮索されんのが目に見えていたからだ。
 
 煙草で解消できねェなら喧嘩でもすりゃあいいが、こんな時に限ってふっかけてくる奴はいねェ。消去法で向かったのは、使われなくなった空き教室だった。