ひとはだの庭

あれからどうして眠りに落ちたか記憶が曖昧だ。気分の悪い頭痛から推測すると、どうやら酒に逃げたらしい。はオレになんと告げたのだろうか、それすら覚えていない。思い出そうにも二日酔いが邪魔をして思考は乱れっぱなしだ。

朝食はパスして庭に出る。今日は天気が良い。野球日和だ。スイングするように両の手を合わせて振ってみる。しばらく野球から遠ざかっていたせいか、バッターボックスの感覚は鈍り、きっと今のはライトに打ち上げてアウトだろう。ボールを追うように空を仰いでそのままゆっくりと倒れる。手入れの行き届いた緑の芝生は寝心地がよく、おまけにこの日差しだ。油断をすると瞼が徐々に下りてくる。我慢をする意味もない。いっそ眠ってしまおうか。

「幹部がお昼寝しているなんて、示しが付かないわ」

ぐらりと意識が落ちかけた直前で、まるで子どもを叱るような声が降ってくる。誰だと問うまでもない。

「おまえこそ、こんなところで油売ってる場合か?金持ちの旦那に怒られるぜ」
「旦那じゃないわ」
「それならご主人様、か?どっちにしろ大して変わりはねーけどな」
「破談よ」

反射的に身を起こせば、腕を組み肩にはあまり似合わない上品なストールを掛けてひどく不機嫌な面持ちのがそこにいた。気の利いたジョークならお断りだ。

「誰かさんがエンゲージリングをどこかへ放り投げてしまったせいでね」
「そりゃ・・・お気の毒だな」
「本当にそう思ってるのかしら?」
「さあ、どうかな」
「あなたのボスから言付けよ」
「ツナが?どーした?」
「『責任は山本がとるように』以上」
「はは、おっかねーのな」
「もらい手がなくなったんだからね」
「なに言ってんだって。ここにあるだろ?ずーっと前から」

そのとき強く風が吹いて、彼女の肩で揺れていたストールは攫われてしまった。つかまえようともせず、ただ目で追って、流れる風に委ねる。ふわり、ゆらりと舞って、最も高い木の頂上に引っ掛かる。まるで白旗だ。

「降参、ってな」
「ゴール直前の反則技だもの。呆れてるのよ」
「ん?それ誰の話だ?」
「知らない」

プイ、と背けようとした顔を両手で挟んで無理やりに視線を合わせる。みるみる熱を帯びた頬に宿る感情がくすぐったくて堪らない。そのままキスをするのがお決まりだろうが、なんだかもったいないように思えて、眩しいくらいの瞳に吸い込まれる準備を始めた。
しばらくは、こうして見つめ合わないか?どちらが先に逸らすか勝負をしよう。オレが勝ったらおまえをもらうし、おまえが勝ったらオレをやるよ。どっちが勝っても恨みっこなしだぜ?

公開日:2011.11.15(2015.09.10加筆)