「やめてください」
 
 酷く怯えた瞳と震える声が理性を崩した。手の平に抵抗の熱を宿し、必死に抗わんとしている。この女に力などない。武市の配下で共に参謀を務め、場合によっては諜報活動も行うとはいえ、頭は切れるが非戦闘員に属する。そんな女が、仮にも一介の侍に力で敵うはずがない。
 
 きっかけは単純だ。普段は遠慮がちな女が、あいつの前で顔を綻ばせていた。ふらりと立ち寄ろうとした茶屋でそれを見つけてしまったのが互いに運の尽き。 
 危ない所を助けられた礼、それ以上でもそれ以下でもない、らしい。おそらく事実だろう。しかし確かに俺の中の何かを壊したのはその一瞬で、船へと戻った女がいつものように会釈し通り過ぎようとする。それと同時に腕を掴みそのまま部屋へ引きずり込む。壁へ押し付けて理由を問い質せ、そこで終わる、はずだった。拒絶の声を、耳にするまでは。
 
 「やめてください。それ以上、近寄らないでください」
 「ほォ…、誰にものを言ってやがる」
 「信じて、もらえないんですか…?こんなことをされるために、私は鬼兵隊へ入ったわけじゃありません」
 「ここへ来た時点で、お前の命運は俺の手の中だ」
 「いや、やめて、」
 
 続けられようとした抵抗の声は塞いだ。必死にもがく姿が滑稽で、それ以上に加虐心を煽られた。壊してやりたいと本気で思った。乱暴に組み敷き、無理矢理に体を奪った。
 
 会話らしい会話などしたことのない、鬼兵隊の一人。特異的を見出すとすれば性別が女であるという程度。その女が泣いている。揺さぶられるはずなどなかったが、ぐしゃぐしゃになった泣き顔をもっと崩してやりたい衝動に駆られ、更に手酷く犯した。
 行為が終わっても尚、逃がしはしない。戒めるように身体中に赤い痕を刻む。
 
 「ひどい、どうして、こんなこと…」
 「二度と裏切る気なんぞ起こさねェように、直々に教え込んでやってんじゃねェか」
 「だから、違うと言ってるじゃないですか。万事屋とは、なんでも…、あぁっ」
 
 指を押し込み掻き回す。いやだやめてと泣く脳に反して、暴かれた身体は快楽に負けている。内壁を指の腹で擦るたびに腰がしなった。
 
 「なァ…、お前は誰のモンだ?」
 「私は、あなたの所有物じゃ、んっ…!」
 
 まるでガキだ。欲望のままに女を抱き、いや、抱くと言えるほど優しいものではなく、ただの強姦だ。それを理解していながら、醜い独占欲はどろどろと溢れ、腰を打ちつけては何度目か分からぬ程の、欲の塊を女の中へと吐き出した。悔しげに唇を固く結び必死に耐える姿にこの体は萎えることを知らない。一度引き抜き、脱力した肩を掴んで体勢を変えさせる。後ろから押し込んだ。
 
 「やめてくれと言いながら、いい声で啼いてんなァ?」
 「っ…」
 
 手のひらで口を塞ぎ声を押し殺そうとするが、意志に反して甘い吐息が漏れる。初めこそは受け入れようとしなかったそこも、今では蜜が溢れている。腰を打ちつれければ卑猥な水音を立て、耳元で辱めの言葉を囁けば中は収縮し、食いちぎられんばかりだ。
 
 「そうかい、手篭めにされんのが好きか」
 「もう、やめて、ください…」
 「煽ってんのか。強請るとははしたねェな」
 
 緩急をつけてから強く打ちつけてやれば抵抗も虚しく達し、こちらも後を追うように熱を中へと注ぐ。白い太股を伝うそれは、紛れもなく俺のもので、その事実が更に体を熱くさせた。
 
 その後も犯し続け、ついには気を失った女を見下ろす。身体中にちらばる赤い痕、腹や太股を汚す白濁、見れば見るほど満たされた。狂っている、馬鹿な真似をしている、その自覚はある。しかし一度宿った熱が冷めることはなく、抗うことすら放棄した。
 
 どれだけの時が過ぎたか、うっすらと開かれた目が揺れ、顔をそらそうとするが顎に手をかけ強制的に視線を合わせさせた。
 
 「よォ、気分はどうだ」
 「…最悪です」
 「ククッ…だろうな」
 
 屈辱に満ちた瞳で睨み付けられるが、それすらも快感を呼ぶ。どんな罵声だろうと恨み言だろうと、今の俺には無意味だ。むしろ、心地好い刺激にすらなるだろう。この頭は完全に壊れきっているらしい。
 
 「満足、ですか?もう離してください」
 「嫌だと言ったら?」
 「あなたを殺してここを出ます」
 「やれるもんならやってみな」
 「本当に、殺してしまいたい。……ずっと、好きだったのに」
 
 いまだかつてない程の悲しげな眼差しが、思考を、体を、停止させた。あれほど饒舌だった口は声を失い、喉が一気に渇きを覚える。しばしの時を経てゆっくりと取り戻した感覚が次に選んだのは、震える頬へと手を伸ばすというさっきまでの残虐な行為とは真逆のそれだった。
 
 「好きだった、のに」
 
 弱々しくもはっきりと意志を持ってその手を払われる。言い終えて泣き崩れる姿に、ようやく後悔の念が生まれた。『好きだった』と、そう繰り返された言葉は既に過去形だ。しかし、俺は、
 
 「、愛してる」
 
 そうだ。いつの頃からか、この女を欲していた。自分だけのものにしたかった。そして気付けば歪んだ愛情に支配されていた。臨界点でどうにか踏みとどまっていた理性は嫉妬などというくだらぬ感情によって崩れ始め、拒絶されたことで決壊し、焼け残った本能のままに奪った。満たされた、はずだった。しかし今はどうだ、らしくもなく胸を襲う痛みが過ちを露わにさせている。
 
 「愛してる」
 
 二度目のそれは女の嗚咽に溶けていく。聞きたくないと首を振り、顔も見たくないと伏せた目から大粒の涙を流しながら、消え入るような声で、ごめんなさいと呟いた。それが何に向けた謝罪かは分からない。しかし肥大し続ける罪悪感を更に膨れ上がらせたのは確かだ。許せとは言わない。言えるわけがない。もう一度愛してくれなど、以ての外だ。ならば、せめて、苦悩という名の罰をこの愚かな男に与え続けてくれ。死する時まで、永遠に。