真実を知ったら真っ逆さま

飲み会終わりの夜の街、丁度いい具合に酔いも回り私は上機嫌で駅へと向かっていた。信号待ちの交差点で、ふと目に入ったカップルらしき二人組。女の方が何か喚いている。信号が青に変わり興味本位で近付いてみると、男の顔に見覚えがあった。あれは確か。

「本気じゃなかったってどういう意味?私の他にも女がいたの?!」
「なんていうか、カムフラージュってやつ?実はさ、俺、男しか愛せないの。前に紹介したでしょ、幸村。アレが本命。だから、ごめんね?」

顔面蒼白になった女が呆然とする中、特別困った素振りも見せず男はそれじゃと手を振り去っていく。
とんでもないシーンに遭遇してしまった。まさか、まさかこんなところで、かつてのクラスメイトの修羅場を目撃するなんて。それも、単なる男女のもつれじゃなくて、今流行りのゲイってやつ。
そういえば、そんな噂もちらほら聞いていたことを思い出す。猿飛佐助が決まった彼女を作らないのは、幼馴染の真田幸村とデキてるからだ、とかなんとか。卒業してから5年も経った今騒ぎ立てるようなことじゃないけど、さすがに衝撃を受けた。
おかげさまで酔いも醒め、どことなく覚束なかった足取りもすっかり安定している。なるべく早く忘れようと自分に言い聞かせながら家路につく。

その夜はなかなか頭から離れなかったものの、数日経てば次第に記憶が薄れていき、翌週の週末を迎えるころにはすっかり忘れていた。
そんなある日、休日を利用して私は家探しに出ていた。会社の寮は入社後1年間と期限が決まっていて、間もなくその満期を迎える。追い出される前に新しい住まいを見つけなければいけない。不動産屋の壁に貼られた賃貸住宅は寮に比べるとやはりどこも高い。月の支出が一気に増えてしまう。条件を見直すべきだろうかと半ば諦めながら広告を追っていた。

「あれ?ちゃんじゃない?」

唐突に名前を呼ばれて顔を上げれば、そこにいたのは猿飛佐助だった。一瞬にして、あの夜の出来事を思い出す。

「覚えてる?俺様、猿飛佐助。同じクラスだったでしょ?」
「うん、もちろんもちろん!よく目立ってたからねー猿飛は。覚えてない方が無理あるって」

例の件は見なかったことにするべきだろうと、あくまで再会を驚く素振りを装った。
それにしても、世の中というのは理不尽だ。この猿飛といい、真田君といい、顔のいい男同士でくっつくなんて、世の女性が泣くわけだ。しかし裏を返せば女にとっては世界一安全な人種ともいえる。

「で、どうしたの?ちゃんも家探し?」
「も、ってことは、猿飛も?」
「そうだよー。旦那とさ、あ、B組の真田幸村ね、アレとルームシェアしてたんだけど、あの人てんで家事できないの。俺様ばっかりやらされるから、一人で生活してみろって言ってやった。で、晴れて俺様も一人暮らしデビューってワケ」

口元が引きつらないように、どうにか「へえ、そうなんだ」と返せた、と思う。
デキてる、完全にデキてる。同棲までしていたなんて、なかなか大胆だ。それも、恥ずかしげもなく公言するのだから尚のこと、たいしたものだと感心してしまう。

「けどさ、やっぱ一人で借りるとなると、どこも高いね。家賃が倍になるってのは厳しいよ」
「あ、それ分かるよ。私も寮生活だったから、一般の賃貸がこんなに高いなんてびっくりしてる」

あははと渇いた笑いを見せながら、「お互い苦労するね」と改めて頷いた。猿飛も「うんうん」と相槌を打ち、しばらくして何か思いついたのか思案するような表情を浮かべる。顎に手をやり、うーん、と考え込んでいる。

「ダメ元で聞いてみるんだけどさ、」
「うん?」
「俺様と、ルームシェアしない?」

突拍子もない猿飛の提案に、思わず「へ?」と間抜けな声を出してしまった。しかし、ふと冷静になって考えてみれば、それはなかなかおいしいかもしれない。2人で借りれば当然、家賃は半分。女同士で起こりがちな何かと面倒なトラブルも、相手が男なら避けられるし、男であるが故の危険性は猿飛に関して言えば無縁だ。なんといっても、世界一安全な人種。そういった類の危険性は皆無だから。

「うん、いいね!その提案乗った!」

まさかそう答えが来るとは思っていなかったのか、今度は猿飛がぽかんと間の抜けた表情を見せる。それからしばらくその状態が続き、ようやく現実が見えたのか、恐る恐るといった顔付きで、「いいの?」と尋ねてきた。

「家賃が半分になるのはありがたいし、猿飛なら安心だし、これ以上の相手はいないよ」
「そこまで信用されるのも男としてどうなのって悲しかったりするけど、ちゃんがOKなら俺様は大歓迎だよ」

一応男としてのそういったプライドはあるのか、と無駄に感心してみたが、今はそんなことを考えている場合じゃない。そうと決まれば善は急げ。時期が時期だけに、いい物件はどんどん埋まってしまうのだから。

その後それぞれ条件を提示し合い、お互いが納得できる物件が見つかるまで1日探し歩いた。家賃も立地も間取りも文句なしの物件に出会い無事に契約を終えると、そういえば連絡先を知らなかったと今さら気付き、交換をした。高校時代の友人たちが聞いたら羨ましいと騒ぐに違いない。なんせ猿飛はよくモテた。B組の真田君、そしてA組の伊達と並んで女子から絶大な人気があった。そこそこ仲の良かった私は、何かと仲介役を頼まれていたのを思い出す。そんな猿飛と、まさかルームシェアすることになるなんて、当時の私は予想もしなかっただろう。

部屋が決まって2週間後の土曜日、引っ越しのために新居を訪れた。私が到着した時、既に猿飛は来ていて、借りてきたらしい軽トラから荷物を降ろしている。そしてもう一人、見覚えのある顔があった。

「おお、殿!卒業以来にござるな!このたびは、佐助がお世話になりまする」

相変わらず時代がかった古臭い口調だ。それにしても彼氏の引っ越しを手伝いに来るなんて、やっぱり寂しかったりするんだろうか。2人の様子は気になったものの、あまりじろじろ見るのも失礼なので、「こちらこそよろしくね」と愛想笑いを振り撒き自分の引っ越しに専念した。と言っても私の方は業者にお願いしていたので、荷物が運び込まれるまで基本的にすることはない。何をどこに置いてくれと指示をするだけだ。

それぞれの引っ越しも無事に完了し、あとは段ボールの山を片付けていくだけ。だけど、それは今後少しずつ手を付けていっても問題はないだろう。あまり働いてない私に比べて、2人だけで荷物を運んだ猿飛と真田君はだいぶ疲れているようだった。

「お疲れ様。大変だったね。業者にお願いしたらよかったのに」
「それがさ、旦那がこれも鍛錬の内だ、とか訳分からない言い分ぶつけてきて。俺様の引っ越しだってのに」
「費用が浮くなら助かる、と言ったのは佐助だろう!」
「あーはいはい、どうもありがとうございます」
「まるで誠意が感じられぬな。まったく、お前は昔から可愛げがない」

どうしよう。痴話喧嘩にしか見えない。ただの可愛らしいカップルにしか見えない。どことなく距離も近いし、ボディタッチも多いような気がする。何も知らなければ仲の良い友人で片付けられていたのかな、と思わず込み上げてくる笑いをどうにか堪えた。

その日はピザをとり、3人で食事をした。猿飛と真田君の会話ひとつひとつに私は反応してしまい、そのたびに「仲が良いんだね」と笑ってごまかす。すっかり外も暗くなった頃に真田君は「そろそろ失礼いたしまする」と律儀に頭を下げて、でも猿飛には「くれぐれも殿に迷惑をかけるのではないぞ」と忠告をして、帰ってしまった。
今後はやっぱり、泊まっていったりもするんだろうか。その時には気を利かせて外出するべきなんだろうか。不自然にならない手段を今から考えておくべきかもしれない。

それから、私と猿飛の共同生活が始まった。2LDKのこの家は、玄関から入った真正面にリビングがあり、そこへ続く廊下を挟んで両隣に洋室がある。幸い鍵は付けられる形状のドアになっていたが、私は特別必要ないと思っていた。

「いや、さすがにそれはマズいでしょ。俺様も一応、男ですから、その辺は・・・ね?」

その気はなくても、きっと私に気を遣ってくれているんだろう。無碍にするのも失礼かと、素直に鍵を設置することにした。これで互いにプライバシーは守られたことになり、あとは簡単なルールを決める。ゴミ出しは週交代、共同部分の掃除は当番制、それから。

「彼氏彼女を連れ込むのはナシにしような。やっぱさ、面倒に巻き込まれるのはお互い嫌でしょ?」
「そ、そうだね・・・!」

この場合、彼女というのは彼を指すんだろうか。そもそも、猿飛は私が知っていることに気付いていないわけだから、ノーマルであるように見せているだけなんだろう。そこは私も空気を読んであげなくてはいけない。

一緒に暮らしてみると、猿飛がいかに器用であるか思い知らされた。料理に掃除、裁縫まで完璧にこなすものだから、女の私の立場がない。真田君を何もできないと言っていたけど、それはおそらく猿飛と比べてであって、最低限の家事程度なら、彼もできるんだろうと私は予想する。

残業で遅くなりがちな私と違い、猿飛は早々に帰宅しているケースがほとんどだった。幼い頃からお世話になっているお館様という人の元で、真田君と一緒に働いているらしい。武田道場という剣道場で、昼は学校や警察などを回り指導をして、夕方には道場を開放して稽古をつけているとのことだ。武術にはまるで明るくない私でも、その名前だけは聞いたことがあるくらいだから、そこそこ大きな道場なんだろう。

「今日はシーフードカレーにしてみました。ココナッツ風味だよ。俺様の力作」

飲み会がない日は、いつもこうして猿飛が作ってくれる食事にお世話になっている。申し訳ないからと当番制を提案してみたけど、帰りが遅い私を気遣ってか、「好きでやってるからいいの」とやんわり断られてしまった。それ以来、すっかりお言葉に甘えている。

「どう?ちゃん好みの味付けにしてみたんだけど」
「うん、美味しい!本当、料理上手だよね。これに慣れちゃったら、他の料理食べられなくなりそう」
「あは、嬉しいこと言ってくれるね。ちゃんのためなら、俺様ずーっと作ってもいいぜ?」

その言葉はありがたいけど真田君に申し訳ないし、何より2人の仲を邪魔しようなんて気は更々ない。適当に「ありがとう」と返して残りのカレーに手を付けた。

猿飛との共同生活が1か月程続いて、知ったこと。軽薄な印象があった元クラスメイトは思っていたよりずっと真面目で情に厚い。表面上だけの優しさではなく、心底私を気遣い声を掛けてくれる。当時それを知っていたら、私はきっと猿飛を好きになっていたと思う。
今でよかった。女に興味がないと知った今で、よかった、と心から安堵する。なのに、どこかモヤモヤと晴れない霧に覆われているのも事実。面倒なことになる前に、恋でもした方がいいかもしれない。そんなことを考えていたから、突然課長に呼び出され、取引先のお偉いさんのご子息との見合いを勧められ、あっさりと引き受けてしまった。

「あのさ、来週の土曜は出掛けるからご飯いらないよ」
「休日出勤でもなくお出かけなんて珍しいね。いつもは疲れた疲れたって1日中ゴロゴロしてる人が。なに、デート?」

机に両肘をついて顔を乗せたまま、ニヤニヤと薄笑いを浮かべている。男の気配がまるでないことを知っていながら、そんな聞き方をする。一瞬ムッとして、でも今回ばかりはこちらが優位だ。さもなんでもない風に、「お見合いだよ」と言ってやった。

「は?見合い?何それ、俺様初耳なんだけど。相手は?ってか見合いってことは結婚考えてんの?」

締まりのなかった表情が一変して責め立てるような質問攻めに、私も思わず返事に詰まる。初耳も何も、私だって今日言われたばかりの新着情報なんだから、猿飛が知っていたらそっちの方が怖い。

「上司に勧められたから断れなくてね。それに私もそろそろ将来のこと考えないと、と思っていた頃だったし丁度いいかなーって」

あははと笑ってみたけど、猿飛の表情は変わらなかった。どことなく焦ったような、それでいて不機嫌そうな、そんな顔でただこちらを見ている。共同生活が終わるかもしれないと思ったんだろうか。せっかく家賃半分でそれなりの物件が見つかったのに、あっけなく同居人がいなくなるのかと苛立ったのかもしれない。

「お見合いと言っても、付き合うと決まったわけじゃないし、すぐ結婚なんて以ての外だし、だから、ルームシェアが終わるわけじゃないから、ね?」
「誰がそんな心配した?人の気も知らないで適当なこと言わないでくんない?」

鋭い視線と低い声に言葉を失った。私が何も答えられずにいると乱暴に立ち上がり自分の部屋へと消えていく。激しくドアを閉める音がリビングまで響いて、思わずびくりと肩が跳ねた。
怒らせてしまった。何が気に入らなかったんだろう。相談もせずにお見合いを承諾してしまったのがいけなかったんだろうか。まだ中身が半分ほど残っている茶碗をぼうっと見つめながら、ゆっくりと箸を置く。米粒に、ぽたりと涙が落ちていくのが見えた。

それ以来、猿飛は意図的に時間をずらしているのか、とにかく避けられていて、顔を合わせることはなかった。私が仕事から帰宅すると、いつもならリビングで座ってテレビを見ているはずの彼は、部屋に閉じこもっているかそもそも家にいないかのどちらかだ。それでも夕食の支度はしてあって、テーブルの上にはラップをかけた食事が置かれている。

そんな日が続いて、どんなに疲れていても寝付けなくなっていた。おかげで仕事もミスばかり。課長からは、「お見合いまでには体調整えておいてくれよ」と釘を刺され、同僚からは「らしくないね」と心配される毎日。いよいよ体にも限界がきたのか、ついにある朝、熱を出してしまった。明日にはお見合いが控えているというのに、電話口で課長は困ったように溜め息を吐く。

『だがしかし、風邪なら仕方ないな。さんも、正直あまり乗り気じゃなかったろう?いいんだよ、先方には僕から言っておく。気にせず、この週末で回復して来週からまた頑張ってくれ』

ありがたい課長のお言葉に、何度もすみませんと謝罪を述べて電話を切った。携帯電話を枕元に投げ、私自身もベッドに倒れこむ。食欲もなく、猿飛が用意してくれている朝食に手を付けず、薬だけ飲んでそのまま寝てしまった。今朝も、顔を合わせていない。猿飛は朝食だけ作って、いつも早々に出て行ってしまうから。

それから、ずっと眠っていたらしい。ガチャリと鍵を開ける音が聞こえて、うっすらと目を開く。猿飛が帰ってきたんだ。ということは、12時間近くも眠っていたことになる。夕食はいらないと言っておくべきか。それ以前に朝食を無駄にしてしまった詫びをするべきか。どちらにせよ、猿飛に会わなければいけない。そう思えば体が尚更重たく感じて、なかなか起き上がることができない。どうしようどうしようと悩んでいると、ドアをノックされた。

「入っていい?」

躊躇いながらも、どうぞと入室を促す。極まり悪そうに入ってきた猿飛が、私の顔を見て溜め息を吐いた。なんて失礼な反応なんだろう。

「体調悪いなら言ってよ。そんな顔赤くしちゃって、どうせろくに栄養も摂ってないんでしょ。お粥とうどん、どっちがいい?」
「お見合い、キャンセルになったから」
「・・・は?」
「見ての通り、風邪ひいちゃって、課長も、気にするなって、言って、くれて、」

ごめん、と続けるはずが、声にならなかった。視界が滲み始めたと思ったら涙が流れていて、言葉を紡ごうにも、嗚咽が邪魔をする。どうして泣いているのか自分でも理解できない。ただ、猿飛の顔を見たら安心した。それだけ。

「え、ちょっと、なんで泣くの?うわ、顔ぐっちゃぐちゃ」
「うるさい。猿飛のせいでしょ、バカ」

必死についた悪態も、涙のせいで迫力に欠ける。睨んでみてもどうせたいした効果はないんだろう。それでもどんな顔をしているか確認してやろうと擦っていた手を離して顔を上げた。すると、いつのまにか猿飛はすぐ傍まで来ていて、「え、」と私が声を漏らすと同時に、抱きしめられた。

「ほんっと鈍い子。お見合いするなんて言ったかと思えば体調崩して、いきなり泣き出して、何考えてんの?俺様を揺さぶって楽しんでるとしか思えないんだけど」

呆れたような猿飛の口調にも、私はその意味を理解できなくて、されるがままに、ただ抱きしめられていた。こんなところを真田君に見られでもしたらとんだ修羅場じゃないだろうか、なんて思ってしまうあたり、私には緊張感が欠けている。だけど猿飛の腕の中はやけに居心地がよくて、それだけで、見て見ぬ振りを続けてきた感情が目を覚ましてしまった。

「好き」

眠っていた感情が呼び起されたと同時に、考えるより先に口に出していた。言ってしまってからハッとして否定しようにもどう弁解するべきか言葉が何も浮かんで来ない。

「は?熱で頭やられた?それとも、本気で言ってんの?」

咄嗟に腕を離した猿飛の覗き込むような視線に思考全てが持って行かれる。身動きすら取れない。それなのに、私の唇は勝手に開いていて、慌てふためく意思に反し、再び「好き」と告げていた。

「猿飛が、好き」

しばらく沈黙が続き、その間にようやく冷静さを取り戻し始める。と同時に、一気に顔が熱くなるのを嫌と言うほど感じた。

「ご、ごめん。いきなり何って感じだよね!迷惑なのは私も分かってる。猿飛には真田君がいるわけだし、興味ない女からそんなこと急に言われ」
「ちょっと待って。真田君って、なんで今ここで旦那の名前が出るわけ?」
「だって、付き合ってるんでしょ?それとも、片思いだった、とか?」
「意味わかんね。付き合うとか片思いって、あの人男だよ?で、俺様も男」
「う、うん。知ってる。けど、男しか愛せないんでしょ?」
「はあ?誰が、いつそんなこと言った?俺様が、男しか、愛せない?やめてよ気持ち悪い」

誰がと聞かれても、あなた本人です、としか言いようがない。黙っているつもりだったのに勢いで言ってしまった今となってはもう仕方がないと、あの夜目撃した事実を伝えた。盗み見するつもりだったわけじゃないと前置きしてみたが、猿飛はがっくりと項垂れて、盛大な溜め息を吐く。やっぱり、知られたくなかったんだろう。

「あーなるほどね。これでいろいろ納得できたわ。・・・あのね、アレ嘘」
「うそ?!」
「あの女、一回寝ただけで彼女面して面倒だったから、ああ言えば引くだろうと思ってさ。旦那には悪いことしたと思ってるけど、本人に危害が及ぶわけじゃないからいいかなーなんて」
「え、じゃあ、猿飛って、」
「女の子大好きな、れっきとしたノーマルだけど?で、ちゃん、俺様のこと、好きだって?」

にんまりと笑った猿飛の顔が徐々に近付く。危険を感じて頬を叩こうとした手は易々と取り押さえられた。一歩下がってみたけどベッドの上にいる私に逃げ場なんてなくて、背中には壁。自由はほぼ奪われていて、目の前には、ただの男が一人。そして声を上げる暇もなく、視界が暗くなり、あっという間に、呼吸が、飲み込まれた。
舐め上げるようなキスはお世辞にも上品とは言えなくて、それなのに私は、いつの間にか猿飛に身を任せ切っていた。後頭部と首を押さえつけられているのに不快感は生まれてこない。それどころか、猿飛に拘束されているという事実に胸が熱くなった。これはかなり、重症かもしれない。ゆっくりと離れていく猿飛の顔はやけに色っぽくて、思わずぼうっと見惚れてしまう。

「ああ、言っておくけど、俺様の方が先に好きだったから」

唐突な告白に目を丸くした。理解が追いつかず、ただ猿飛を見つめていると、さも可笑しそうに肩を震わせながらくつくつと喉を鳴らしている。

「あまりに無防備だと食べられちゃうよ?お馬鹿さん」

2回目のキスで、そういえば風邪をひいていたんだと思い出す。だけど、そう言ったところで猿飛がやめるわけないと何故か私は悟っていて、あっけなく体の所有権を放棄した。猿飛の向こう側に天井が見える。やけに体が火照っているのは、きっと熱のせいじゃない。

公開日:2013.02.06
前サイトで実施したオーダーメイドリクエスト企画のお話です。
リクエスト内容(項目): 猿飛佐助、恋愛、友情、同級生、20代以上、告白、元クラスメイト、再会、ルームシェア、ゲイと勘違い