ストロベリータイム

ごろんと寝転がったそこは手入れの行き届いた広い庭で、数十メートル先には大きな屋敷が見えた。空を飛ぶ鳥に手を伸ばしてみたけど届くはずもなく、その向こうの雲なんて尚更だ。こんなにも空は青くて、ここの緑は生き生きと茂っているのに、私はどうだ。

「あーあ、退屈。こんなところ来るんじゃなかった。」

声に出してみると、まるで食べ過ぎた翌日のように、胸の奥がムカムカと湧き立ち始めた。抑え込んでいた感情が我先にと胃の中から飛び出してくるようだ。これ以上吐き出しては駄目だ。せっかくの青空がくすんでしまうかもしれない。口に蓋をする代わりに、持っていたジャムパンを放り込んだ。

「・・・甘い。」

甘ったるさが口いっぱいに広がる。人工的な甘さ。だけど私は嫌いになれない、不思議な魅力を持つ食べ物。日本を発つ際に、山ほどトランクに詰め込んできた。でもそれも、これが最後のひとつ。この味とは、これでもうサヨナラなのだ。名残惜しむように、最後のひとかけらを飲み込んだ。

「こんなところで昼寝してたの?探したよ。」

さくさくと草を踏む音が遠くで聞こえたと思えば、それはすぐそばに近づいていて、気付けば聞き慣れた声が降りて来た。見上げれば、相変わらず頼りなく眉毛を下げて不器用に微笑んでいる。その人がここにいる、ただそれだけで、まるで春を連れてきたように、風は柔らかく、空気は暖かい。

「つなよし?」
「そうだよ、オレだよ。」
「あったかい。」

彼の腕の中は心地が良い。人間の体温にふれているだけの温かさとは質が違う。その感触を確かめるように、ぎゅっと力を込めた。どうやら、たかがジャムパンひとつに感傷的になってしまったらしい。どうしたのと頭を撫でられても本音を零してしまうのは余りに馬鹿らしく、少し考えてからなんでもないと小さく呟いた。

「それにしても、いい匂いする。美味しそう。」
「ジャムパン食べてた。」
「ああ、あの、お気に入りの?」

頷きながら胸に顔をうずめた。私なんかよりも綱吉の方が、ずっと良い匂いだ。嗅覚を失ってしまいそうなほど、鼻先から爪先にまで染み渡って、嗅覚おろか五感全てを狂わされそう。
いつか綱吉は、自分は血に染まっているんじゃないかと言ったことがあった。だけど私は絶対に違うと大きく首を振る。だって、こんなにも優しい香りを纏う人が、血で汚れているはずがない。そう告げると彼は、単純だなと笑いながら泣いていた。あの頃、既に私はこの香りに魅せられていたんだ。

「オレなんかよりさ、のほうがずっといい匂いだよ。」
「それはジャムパンのおかげでしょ。」
「違うよ。の香りは、優しさで満ち溢れてるからね。」
「綱吉とおそろいだ。」

綱吉が微笑む。私も微笑む。ふたりのあいだに柔らかい風が流れた。そのリズムに合わせるようにそっと綱吉が前髪を撫でる。

「ねえ、オレにもジャムパンちょうだい。」
「もうないよ。さっきのが最後のいっこ。」
「ここにあるじゃん。」

唇に、くすぐったい感触が通り過ぎたかと思えば、ごちそうさまと満足そうな声が聞こえた。お気に入りのジャムパンは、もうここにはない。けれどその代わりに、もっと人工的で、もっと甘ったるい時間がやって来た。

ああ、退屈だ。こんなにも退屈な日々がいつまでも途切れることのないようにと、私はゆっくり目を閉じる。

公開日:2010.10.11