OH! MY PRINCE

いただきますと言うが先か、ルフィの手が伸びたのが先か、テーブルに並べられた料理の数々はみるみるうちに消えていく。他のみんなも負けじと料理に手を伸ばす。いつもなら、私もその一員となるのだけれど今夜は違う。スプーンを握って目の前にあるクラムチャウダーだけを口に運んでいた。

?具合でも悪いの?」

ぽつりと投げかけられた問いに手が止まる。これだけにぎやかな食事だから、私1人が黙っていても、誰も気付く事も気にすることもないと思い込んでいた。そういえば言い訳を用意していなかったなと悩みながらも、それらしい返答をなんとか見つけることができた。

「ううん。さっきひとりでおやつ食べちゃったからさ」
「それならいいけど、今朝からあなたたちおかしいわよ」
「大丈夫だよ、ナミ」
「わかった」

溜め息をつきながらも視線を外すナミの横顔を確認して、残りのクラムチャウダーをたいらげた。音を出さぬよう、そっとスプーンを置く。

「ごちそうさま」

「もう食べ終わったのか?無理なダイエットは体に悪いんだぞ!」
「ちがうよチョッパー。おなかいっぱいなの」

みんなの視線を一斉に浴びながら、「今夜は不寝番だし、節制しないと眠たくなっちゃう」とおどけて笑顔を作った。「お前は赤ん坊か」とゾロが呆れる様子にどこか安心をして、ダイニングをあとにした。


「サンジくん、ちょっと」
「なんだい、ナミさァーん!」
「ケンカするのはいいけど、あんな食欲じゃ体がもたないわ」
「勝手に怒ってるのはあっちですよ。理由も言わねェで」
「なに強がってるのよ。自分で蒔いた種でしょ。なんとかしな、さいっ」
「痛ェ!!」


叫び声と、パチンと肌を叩くような音に振り返ってみたけど、来た道を戻ることはしなかった。どうせまた、ナミかロビンに抱きつこうとしてビンタでもくらったんだろう。今さら驚くことでも心配することでもない。
いつもどおり、お気に入りのブランケットを引っ張って定位置に座り込む。今夜は、嫌味なくらいに星がきれいだ。

「こんな気分なんだから、流れ星のひとつくらい見せてくれてもいいじゃない」

夜空に文句をつけてみたけど身勝手なリクエスト応えてくれるはずもなく、相変わらずキラリと星が散らばっているだけ。これも全部、サンジのせいだ。と、これまた身勝手な責任転嫁をしてみる。そんなモヤモヤを抱えながら夜は過ぎ、ゆっくりと朝日が昇る。眩しすぎるその光、普段は心地良いけれど今朝に限っては鬱陶しいくらい目に痛くて、思わず両目をぎゅっと瞑った。

そして気付けば、昇り始めていた朝日はすっかり顔を出し、自分が眠ってしまっていたことを知った。足元に広げていたはずのブランケットは肩までしっかりと掛けられていて、いつの間にかおやすみモードに入っていたのかと我ながら呆れる。

海も、空も、この船ですらも、やたら静かだ。まるで誰もいなくなってしまったように、ひっそりとしている。ゆっくりと立ち上がり辺りを見回す。本当に、誰もいないようだ。眠っている間にみんな陸へ上がってしまったのだろうか。考えても答えを見つけられず、再び腰を下ろした。

「おつかれさま」

足音よりも先に聞こえた声は、あまりに耳慣れすぎていた。あれだけ静まり返っていた船のどこに隠れていたというのだろう。なんて、考え事をするふりを決め込んで、返事はしなかった。

「いつまで怒ってるんだ?せめて理由を聞かせてくれよ」
「あら、怒っているように見えた?ごめんなさいね」
ちゃんは嘘が下手だからな」
「お褒めの言葉をいただいて光栄です。ありがとう」
「って、オイオイ、おれはそんな話をしに来たんじゃねェぜ?」

諦めたように笑いながら煙草に火を点ける。私の大好きな、一瞬。もちろん声には出さないけれど。

「んな睨むなって。そんなにおれが嫌いになったか?」
「まるで元は好かれていたような口ぶりね」
「違うかい?」

否定はできなかった。ふん、と鼻息を荒くして視線を外してみたけど、くつくつと声を殺しながら笑われてしまう。

「みんなは?」
「街へ買い物に行ったぜ」
「全員そろって?」
「ん?まァ、そんなところだな」

はぐらかされたようで、またイライラが加速する。私の気持ちなんて知らずに、こうして逆なでをしては自分だけポジションを確立して悠々としている。言ってやりたいことは山ほどあるけど、この場でそれを吐き出してしまうのはあまりに子どもじみている気がしてやめた。

「さて、本題に戻ろうか」
「ご自由にどうぞ」
「会話はおれ1人じゃ成り立たねェ。ちゃんの思いを聞かせてもらわねェと」
「私は、べつに、」

言葉と感情を抑えようにも体が耐え切れず、みるみるうちに涙が溢れていく。朝の冷たい風に晒されていた頬に生暖かい水滴が伝って、唇へと流れ着く。塩辛い。

「泣かないでくれよ。ちゃんの涙におれが弱いこと、知っているだろう?」
「うそばっかり。私じゃなくても、女なら誰だっていいんでしょ」
「何を言うんだ、おれは、」
「ナミさん、ロビンちゃん、って、だらしなく口元緩ませてるじゃない」
「いや、そ、それはだな、」
「街に出ても女の人ばっかり目で追ってる」
「だから、それは・・・、もしかしてちゃん、やきもち妬いた?」
「ばーか!今ごろ気付いてんの?!ばか!鈍感!スケコマシ!」
「や、ちょっと、いくらなんでもそれは言い過ぎってもんで」

抵抗の言葉に反して伸びてきた手をぺちりと叩く。それでもなお彼の両手は休むことなく挑み、力では勝てずにあっさりと自由を奪われてしまった。本当は、この体温を待ち焦がれていた。早く私の本音を見つけてほしくて、わざと冷たい態度をとって、距離を置いて、食事にも手をつけずに、ずるずるとここまでやってきた。

「遅いよ、ばか」
「あァ、おれはばかだ。こんなにも愛しい彼女の気持ちに気付いてあげれなくて」
「他の子なんて・・・、見ないでよ」
ちゃーん、君はなんて可愛いんだ」
「ふざけないで」

涙で濡れる頬を拭うように、そっと彼のキスが降る。耳元で、ごめん、と囁いて、私を包む腕の力が強まった。この、抜け出せない空間は、私だけの特権。だけど、そんな本心とは裏腹に、出てくる言葉は皮肉ばかり。

「でも、仕方ないよね。サンジは世界中のレディーのプリンスだもんね」
「うーん、そう言われると否定はできねェが、」
「否定してよ。それができないなら、せめて、今日は私だけの王子様でいてよ」
「それは聞いてあげられねェ願いだな」

反射的に顔を上げれば視線がぶつかる。さっきまでの緩んだ表情はどこにもなく、そこには、真剣な瞳で私をじっと見つめる彼がいた。何を、言うというのだろう。

「今日だけなんて言わないでくれ。おれは一生、君だけの王子様でいたいんだ」

もう、言葉は出なかった。頷くだけで精一杯だった。
どうにかして、ありがとう、と言いたかったのに。言葉を伝える術は彼によって奪われてしまう。押さえつけるようなキスで声を奪われて、骨ごと折れてしまいそうほど強く抱きしめられて、目を開くことすらできなくなっていた。

「実を言うと、みんな出払ってるのは偶然じゃねェんだ。夕方まで誰も帰ってきやしない」
「どういう、こと?」
「ふたりきりの時間もそう作れねェだろ?昨日食べ損ねた分はこの時間にいただくぜ?」

優しかった彼の、目の色が変わる。いつもは真夜中のダイニングで妖艶に笑う小さな悪魔が、太陽の下で顔を出した。私の嫉妬心は、彼のフラストレーションを絶頂まで高めてしまっていたらしい。白旗を振るように体の力を抜いて、やがて訪れるキスの嵐を待ち望んだ。その嵐が過ぎ去ったあとは、ふたりだけの内緒話。

公開日:2010.04.18