Guilty or not guilty

週が明けてからというものの雨続きで、それは5日目の夜になっても止む気配はなかった。窓の外ではコンクリートを叩くように落ちる雨粒。まるで空が泣いてるみてェだ、と柄にもない思いをめぐらせる。泣きたいのはこっちのほうだっていうのに。

壁に寄りかかりながら煙草に火を点けた。薄暗い部屋の中で、ライターから溢れた小さな炎が揺れている。その光の向こう側に見える誰かの足。誰か、なんて、白々しいが、名前を呼ぶのは彼女が目を覚ましてからだといつも決めている。その誰かはシーツにくるまるようにベッドに埋もれていたはずだけれど、何度も寝返りを打ったせいで、肩と足首が露になっている。

「ん・・・」
「お目覚めかい、ちゃん」
「今、何時?」
「1時半」
「うそ、終電なくなっちゃった」

んなこと、知ってるさ。思わずこぼれそうになる笑みを堪えた。そんなおれに気付く様子もなく、どうしよう、と唇を尖らせながら、とりあえずと言わんばかりに脱ぎ散らかした洋服に手を伸ばす。暗がりの中で映える白い肌。あれだけ彼女を求めたはずなのに、再び活発になるアドレナリン。オイオイ、おれは思春期の中坊か。

「しょうがない、タクシーで帰るかな」
「泊まっていけばいい」
「そういうわけには、」
「アイツが来るのか?」

はっとしたように目をそらす。別に、と消え入るような声で呟いた。相変わらず嘘が下手だ。彼女は今時珍しい程に正直で、ろくに嘘もつけない。否、“つけない”んじゃない、嘘をついてもバレる、簡単なことだ。そんな彼女だから、アイツだって気付いていないわけがねェ。それとも、劣らずバカ正直なアイツは、彼女の言葉をそうかと聞き入れているのか。だとすれば、お似合いのカップルってとこだ。自嘲気味に笑ってしまえば、灰色の息が視界を濁した。

「どう、したの」
「いや、ただ馬鹿らしくなっただけさ」
「ごめん、」
ちゃんが謝るようなことは何もねェだろ?」

返事の代わりに伏せたまつげ。この状況で抱きしめたら、君はここに残ってくれるのだろうか。それとも、やめてと言っておれを突き放し、アイツの元へ帰るのだろうか。そしてそのまま、ここには戻らずおれとの縁は切れちまうのか。
勝算は、神のみぞ知る、ってところか。いや違う。どう転んでも、おれに勝ち目なんてねェのさ。

「やっぱり、」
「ん?」
「今日は泊まらせてもらおう、かな」
「いいのか?」
「帰っても、することないし」
「二人で仲良くしたらいい」
「しないよ」
「剣の代わりに夜は別のモノを振るうんだろう?」
「ばか」

諦めたように笑って、ベッドに座り直す。会ったときから様子がおかしいと思ってはいたが、成る程、ケンカでもしたんだな。やたら甘えてきたのも、いつもは言わない身勝手な愛の言葉も、全部、それが原因か。つまり、いつだっておれは彼女に、否、彼女とアイツに踊らせられてるってわけだ。そっちがその気なら、おれもそろそろブレーキ外しちまうぜ?

「寂しいお嬢さん1名限定で、胸お貸ししますよ」
「ありがとう」

「礼の言葉はいらねェから、今だけはおれのものになってよ」

答えは要らなかった。何か言いかけた唇を器用に塞いで、左手を髪に滑らせた。もみ消すように煙草を灰皿に押し付けて、空いた右手を首に回す。倒れ込む瞬間、後ろのほうで彼女の携帯が震える音がした。おれの耳には、そんなもの届かねェ。聞こえたのは、サンジ、とまるで恋人のように名を呼ぶちゃんの声だけ。

できるなら、永遠に朝を迎えずこのまま柔らかな体温に触れていたいと願った。それが叶わないと言うのであれば、せめて、一瞬だけでもいいから、おれだけの君でいて。

窓の外では、一層激しさを増した雨。ああ、やっぱり泣いているに違いねェ。

公開日:2010.03.01

title by にびいろ