チョコレートはもう溶けてしまった

うたた寝をしているちゃんの手には銀色の包み紙だけが残っている。アフタヌーンティーにはガトーショコラを用意するはずだったが、メインの材料が1つ足りず、シフォンケーキに変更していた。いつのまにか使っちまったのかと首をかしげていたところへ、犯人は愛しの彼女だと知る。

「どうりでダイニングに来ねェわけだ」

船員の誰よりもその時間を楽しみにしているちゃんが現れず、心配が募ったあまりに皿を1枚割っちまったくらいだ。何してるのよとナミさんに溜め息をつかれて詫びを入れるも、頭ン中はちゃんでいっぱいだったなんて、きっとナミさんには全てお見通しだったんだろう。口元だけ、うっすらと笑みが漏れていた。

「おいちゃん、起きなきゃ襲っちまうぜ?」

これがルフィなら、回し蹴りでもして強制的に叩き起こすところだが、おれの大切な未来の花嫁さんに傷をつけるなんて、まっぴらゴメンだ。ちゃんのウェディングドレス姿を想像してはちょっとニヤけて、ほんのり赤い頬に触れてみた。それだけじゃ起きないことなんて最初から分かってた。だからその瞼にキスを落として、目を覚ますまでちゃんの体温を唇で楽しもう、と企んだ矢先。当分は開くはずはないと踏んでいた期待は見事に砕けた。

「ん・・・サンジ?」
「お目覚めですか?プリンセス」
「おはよう王子様」

おれのお姫様は相変わらずクソ可愛い。おかげさまで、優しいながらも投げかけるはずだった小言が一瞬で吹き飛ぶ。寝ぼけ眼のちゃんに眩暈を覚えながらも、小さな手が握る包み紙にチラリと視線を落とした。

「あ!こ、こ、これはね、違うの!もう古くなったから、サンジが間違えて使わないように、」
「ひとかけらも残さず食べてくれたって?」
「ごめんなさい・・・」
「ま、それはもういい。いなくなったのかって、心配したんだぜ?」
「探しに来てくれたの?」
ちゃんのいるところなら、どこへでも行くさ」

ほのかな桃色から、たちまち真っ赤になった頬。この表情が愛しくてたまらなくて、おれの理性に揺さぶりをかけてくる。いつもなら、恥ずかしいと俯くのを宥めながらも押し倒すところだが、さすがにこんな真昼間じゃそうもいかねェ。とりあえずこれでガマンするか、と耳元で囁けば、何が?と首を傾げる。その問いに返事はせず、ぽかんと半開きの唇に、ちゅっと音を立てた。

「食べちまった分はきっちり返してくれよ」

甘ったるい感覚が口の中に広がる。こんなキスもたまには悪くねェな、なんて、君が聞いたら怒るだろうか。

公開日:2010.01.31

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