低糖で、けれどとても甘いおはなし

いつもと変わらない夕食の後、いつもと少し違う君がいる。ダイニングテーブルに両肘をついて、じっと真剣な目でこちらを見ている。おいおい、そんな目で見つめられたら勘違いしちゃうぜ、ちゃん?その真ん丸くて大きな瞳に吸い込まれてしまいそうだ。危うく皿を1枚落としかけた。

皿洗いもなんとか無事に終了し、ちゃんの大好きなホットミルクにほんの少しハチミツを加える。その様子を、先ほどと何一つ変わらない表情で追う。これはやっぱり、おれにも春が来たのか。

「温かいうちに召し上がれ」
「ありがとう」
「なあ、ちゃん、そんなに見つめられたら穴が開いちまう」
「サンジって、かっこいいなと思っててね」

突然なにを言うんだ、プリンセス。眩暈にやられてイっちまいそうだ。動揺するおれに気付いているのか知らずか、相変わらず淡々と話を続ける。これ以上は危険だ。頼むよちゃん、おれを殺さないでくれ。

「それだけかっこよくて、女性に優しくて、強くて、料理も上手なのに」
「なのに?」
「絶対に幸せにはなれないタイプだよね!」

たまらなく愛らしい笑顔で、キラキラと瞳を輝かせた。マグカップを両手で包み込み、そうでしょ、と嬉しそうに繰り返す。ああ、君はなんて残酷なんだ。だけどそんな君も愛おしい、だなんて。参った、おれは完全に病気だ。

「もしかしてショックだった?!ごめんねー。だってさ、ナミにはいいように使われてるでしょ。ロビンには軽くあしらわれてるでしょ、あとね、あとね、他にもいーっぱいあるんだよ!」
「はは、ちゃんは天使の顔した悪魔だな」
「だけど本当のことでしょう?」
「違いねェな」

おれが否定しなかったことに満足したのか、残りのホットミルクをぐいと一気に飲み干して、ごちそうさま、と微笑んだ。

「さーて、すっきりしたところでそろそろ寝ようかな」
「おやすみ、ちゃん。おれは当分眠れそうにないけどね」
「眠れなかったら一緒に寝てあげる」

精一杯の皮肉は一瞬にしてひっくり返る。おれとしたことが、こんな小さな少女に完敗だ。無駄な抵抗を諦めて、まだ温もりの残るマグカップを流しへと運んだ。ひとりキッチンで洗い物なんて、幸せになれないおれにはぴったりの配役かもな。ため息を漏らせば、ぴたりと彼女の足音が止んだ。

「そうだ」
「ん?」
「かわいそうなサンジ、私が幸せにしてあげようかな」

振り向いて、片方だけ口角を上げて器用にカーブを描く。少女らしからぬその表情に、おれは力を失くし思わずマグカップを落としてしまった。ガチャン、と砕け散った欠片の泣き声でようやく我に返れば。

「そんなに動揺しないでよ。期待、しちゃう」

欠片を1枚ずつ集めながら、途切れそうな声でぽつりと呟いた。下を向いても、真っ赤に染まった耳がちらりと見える。おかげでおれの理性は崩壊寸前だ。落ちていく理性を必死につかまえて、なんとか平常心を保つ。

「プリンセス、君のお望みは?」
「・・・ばか」
「憎まれ口をたたくちゃんもクソ可愛いよ」
「もう」

呆れてそっぽを向いた桃色のほほにキスをひとつ落とせば、さらに赤みを増す。次はくちびるに、と首を傾けようと試みても、意地っ張りな彼女がそうはさせてくれない。

「マグカップ、お気に入りだったんだからね」
「幸せと引き換えだ。安いものだろう?」
「約束は守ってよね」
「お安いご用さ。ひとまず今夜は、一緒に寝ようか?」

反論させる間もなくキスをして、真っ赤に染まった耳元で、どんな愛を囁こうか。文句なら、いくらでも聞くからさ、とりあえず今は二人で幸せを確かめ合わないか?どのくらいって?そうだな、飽きるくらいに。なんて、おれが君に飽きるなんてことは到底ありもしないけど。

さあ、心の準備はいかがですか?おやすみの時間にはまだまだ早い。

公開日:2009.11.29

title by cathy