空想機関車

「旅に出たいなぁ。」

前触れもなく彼女の口から飛び出した言葉に、いつものことだと分かっていながらも思わずクフフと声を漏らせば、「いま馬鹿にしたでしょ。」と頬を膨らませてこちらを睨んでくる。

「とんでもない。らしいと思っただけです。」
「やっぱり馬鹿にしてるじゃない。」
「可愛らしい、という意味ですよ。気に障りましたか?」

先程まで膨らませていた頬を今度は赤らめて、プイと顔をそむけられてしまった。機嫌を損ねたわけではなさそうだが、僕としてはこちらを向いて微笑んでくれた方がいいに決まっている。残念だと少しばかり後悔をしながらも、照れるの横顔をこうして見ているのも悪くないと思う自分がいる。

「じろじろ見ないで。どうせ変なこと考えてるんでしょ?変態!」
「おやおや、ひどいことを言いますね。の表情を楽しんでいただけですよ。」
「それが変なこと、って言ってるの。」

彼女と僕はいつも平行線だ。愛情表現の方法に差がありすぎているのか、僕がすることは全て彼女にとってのNGとなり、恥ずかしがりの彼女は思いを口にしようとはしてくれない。焦りがないと言えば嘘になるが、彼女のことは誰よりも僕が1番理解している。だから、僕はその平行線をも楽しむことができるが、敏感とは言えない彼女は唇を尖らせるばかりだ。
今も、怪訝そうに僕の顔を覗き込んでは、「何を企んでいるの?」と追求を繰り返す。企みなどあるわけがない。

「骸が話を聞いてくれないから、私のささやかな願い事がなくなっちゃいそう。」
「聞いていますよ。旅に出たいのでしたね。どちらへ?」
「目的地なんて要らないの。ただ、2人でどこか遠くへ行きたいなって、そう思っただけ。」

嗚呼、これだから、この人を手放せなくなる。そんなことを、嬉しそうな顔で呟かれたら、手を伸ばして抱きしめて、僕の腕の中に閉じ込めてしまいたいとすら思ってしまうというのに。しかし今必要なのはそれではないことくらい、僕には分かっている。

が望むなら、どこへでも連れて行って差し上げますよ。」
「本当に?」
「もちろんです。僕が貴女に嘘を言ったことがありますか?僕にできないことなどありません。」
「それなら、私ね、骸の夢の中に行ってみたいの。できる?」

他人が聞けばそれこそ馬鹿にするだろう。まるで子どもの空想だと笑うかもしれない。しかしそれは凡人である故だ。僕の手にかかれば、彼女の願いを叶えてやることなど造作もない。

「言ったでしょう、僕にできないことなどない、と。」
「骸がよく言う"散歩"に私も連れて行ってほしいの。一緒に夢の中を歩きたいんだ。」

ほんの少し恥ずかしそうに俯きながら、しかしその声には確信に近い強さがある。僕の言葉に微塵の疑いも持っていない、そう言っているかのように。

「さあ、目を閉じてください。貴女の望む場所へお連れしましょう。」
「車よりも電車が好き。あの揺れ心地が気持ちいいの。それで、終点に着いたら、散歩しよう?」
「名案ですね。」

嬉しそうに微笑みながらゆっくりと目を閉じる。さあ、次に目を開いたときは、貴女が望む世界が広がっていますよ。夢の中へと入り込む途中の彼女にそっと囁き、並んで歩く景色の選択へと意識を傾け始めた。

エクスプレスは運行開始。乗客は僕と貴女の2人きり。

公開日:2012.10.25