めぐりめぐりて初恋

あのあと食べたカルボナーラはちっとも美味しいと感じなくて、唇を尖らせて私は文句ばかりを繰り返していた。

「こないだ食べたときはソースがもっとクリーミーだったのに」
「人間が作るものだから仕方がないでしょう。変わらないものなどこの世にはありません」

期待はしていなかったけれど予想以上に憎たらしい応答が目の前のパスタの質を更に落としてしまう。それが引き金となり、「そうですね」と一緒になって言ってほしいあまりに重箱の隅をつつくような小さいケチをつけ続けた。
見かねた骸がやれやれと溜め息を吐きながら、自分が食べていたシーフードのペスカトーレと取り替える。

「これでいいですか?どうせ味に飽きただけでしょうから」

散々憎まれ口を叩いても、結局は優しいんだよね。
小さい頃からそうだった。周りが止めるのも聞かずに川辺で走り回って転んだときも、叱られたあと素直に謝れず部屋にこもって泣いていたときも。最終的に隣で頭を撫でてくれていたのは彼だった。そんな優しさに甘えっぱなしの自分が、あの頃から今でも好きになれないままでいる。

「どうしましたか。食べ切れないなら早く言えばいいでしょう」
「食べるよ。うるさいなあ」

慌ててフォークを持ち直しても、やっぱり美味しくない。味が悪いのは店のせいでも骸のせいでもないってことにはとっくに気付いていた。それでも半ば無理矢理に食べ続けてみたけど苦しくなるだけ。いっぺんに飲み込んだからか、自分のずるさが悔しいからかは分からない。

お腹は満たされても心にはところどころ穴が開いているようで、そんなわだかまりを抱え込んだまま席を立つ。私から誘ったにも関わらず当然のように支払おうとする骸に、「今日は私が」と声をかけるも結局ごちそうになってしまった。

外に出ればいつの間にかぐっと気温が下がっていて思わず身震いをする。慌ててコートを羽織ると、ポケットに入れっぱなしだった携帯が震えていた。ディスプレイの名前に一瞬ためらうが覚悟を決めて通話ボタンを押す。

「もしもし、うん、いま骸といる。その件は、あの、うん・・・もういいよ。もう、いいから」

パタン、と小さく音を立てた携帯すらも憎らしく思えてしまう。本当はすぐにでも投げ捨てたいのに。力いっぱい放り投げてしまえれば、きっとずっと楽なのに、出来るわけもなくきつく握り締めることで感情が溢れてしまうのを抑えようとした。
骸の顔は見られない。目を合わせればきっと私は泣いてしまう。だから強がって、作り笑顔に頼ることしかできない。

「ごめんね、お待たせ」
「無理をしなくてもいいんですよ」
「なに言ってんの。あんな男、こっちから願い下げ」

「女好きで浮気性で、私のことなんかほったらかしで、あんなやつ、」
!」

ほら、やっぱり。秒数なんて数える暇もなく涙がどんどん溢れてくる。
本当はね、心のどこかでこの瞬間に期待してたの。アイツとの中途半端な関係は終わらせて、あるべき場所に帰らなきゃ、って。だけど私は素直じゃないから、そんなこと言えるわけもなくて。本音を見透かした誰かさんが呼んでくれる日を待ち望んでいたのに、いつまでたってもお呼びはかからなかった。

「骸のせい、なんだからね」
「どうして僕になるんですか…。自業自得でしょう」
「骸のせいなの。だから、責任、とってよね」

慣れているはずなのに、泣き顔を見られるのが今日に限っては恥ずかしくて、下を向きながら裾をつまむ。しばらくの沈黙に耐え切れずゆっくりと顔を上げると、呆然とこちらを見下ろしていた。
小さい頃は大して変わらなかった背丈も今ではこんなに差があるなんて。そう思うと、共に過ごしてきた時の長さを改めて実感してしまう。付かず離れずの関係を続けてきたけど、そろそろケジメをつけるべきだ。

「ねえ、いいでしょ?」
「言葉の本意が理解できませんが」
「でも、顔が赤いけど?寒いから?」
「まったく…。にだけは敵いませんね」

公開日:2012.02.05