花言葉は霧の中

前世では六道を全て巡り他の追随を許さぬ様々なスキルを得て、圧倒的な力によりボンゴレ守護者においても不可欠な存在。そんな僕にも苦手と呼べる対象があるなんて、認めたくはないし、認めるつもりもない。
今日こそは、立場をわきまえさせなければ。そう意気込み、撫で上げたはずの前髪は、舞ったスカートと呼応するように、はらり、とまた揺れた。

「骸!今日ご飯食べに行こ!おいしいパスタのお店見つけたの」
「またですか。それなら、例の彼氏と行ったらどうなんですか?」
「いいからいいから。あれのことは放っといて」

この細い体の、どこにそんな力があるというのか理解し難いが、その小さな手はしっかりと僕の腕を掴んで離さない。
断る暇も理由も与えないまま彼女は店やメニューの情報を並べる。

「とりあえずカルボナーラがオススメなんだけど、最後は飽きちゃうんだよね」
「それならば始めから注文しなければいいと思います」
「でも食べたいの。だからさ、骸、好きなの頼んでいいから半分こしよ!」
「まったく。いくつになっても子どもですね」
「そうやって文句言いながら来てくれるくせに」

子ども騙しのようなウィンクに呆れた素振りで目を逸らしながらも、本心では考えられない自身の動揺を受け入れられずにいた。力などない、ましてや年下の、幼馴染などに。
たった今、騒がしくなったばかりの心臓を許せないまま、口を閉ざした。沈黙の理由を見透かしたかのように隣でにやにやと、女性らしからぬ笑みを浮かべる彼女のことはとりあえず無視をする。
気まずい一瞬を狙ったかのように、彼女の鞄から聞こえた音楽。確か以前にも熱心に聴いていた、最近流行のポップスだろう。もちろん僕は興味がない。歌詞どころか、タイトルすら思い出せないくらいだ。
だけど、そのディスプレイを見つめた揺れる瞳からは目が離せなかった。

「電話、ですか。さっさと出たらどうですか?」
「うーん、どうせ切れるんだから、いいよ」
「そんなことを言っていたら、電話の意味がないと思いますけどね」
「どうせ、切れるもん・・・」

はじめから知っていた。
彼女が僕を呼ぶときは、例の男といざこざがあったあとだ、ということに。彼女がわざとらしく声を上げて笑うときは、涙をごまかしている、ということに。
それでも僕は気付かないふりをして、そのあさはかな誘いに乗ってしまう。我ながら愚かだとも思うけれど、あいにく断れないのだから仕方がない。

「ねえ、骸。どうしたらいいと思う?」

乞うようにこちらを見つめて、先ほどまでの騒がしさをどこへやったのか、唇を噛んで今にも泣き出しそうな表情で笑う。
彼女が欲しがる言葉を探してみるも、自分に都合のいい答えばかりと遭遇し、ようやく選んだのは、お決まりの一言でしかなかった。

「結局は男運がないんでしょうね」
「あー、やっぱり。だったら別れた方がいい、かな?」
「それは自身が決めることです。僕が口出しをする理由はありません」
「そっか。ん、わかった。とりあえず今日は、パスタパスタ!」

相も変わらず無理矢理に笑顔を作った彼女に、優しい言葉一つかけられないまま。ましてや、冗談にもならない本音を披露するわけにもいかず、ただただ、そうですね、と、トーンを抑えて答えることしかできない。
きっと今の僕は、世界中の誰よりも情けない顔をしているに違いない。そんな自分がたまらなく憎らしいと思うけど、この距離を保つためには止むを得ない。そう、結局、完全無欠だなんて、この世には存在しない絵空事。

有言不実行が耳に痛い今日も、彼女の隣を歩くだけ。

公開日:2011.06.12