さっきからずっと私は暇だ。せっかくの日曜だっていうのに、せっかくのお天気だっていうのに、殺風景な部屋の中で、ただ寝そべっているだけだから。と言うのも、隣にいる骸は黙ってばかりいる。何が楽しいのか私の髪を弄び、こちらの問いにはろくに答えてくれない。

「ねえ骸、なにしてるの?」
「特に、何も」

さっきからこれの繰り返しで、読み始めた本にはとっくに飽きていた。外に出ようと立ち上がれば、動かないでくださいと怒られるし、おなかが空いたと文句を言えば、太りますよと馬鹿にされる。こっちは暇で暇で死にそうなくらいなのに。相変わらず骸の考えてることは、さっぱり分からない。

「つまんない」
「おや、は退屈ですか?」
「だって骸が相手にしてくれないんだもん。全然楽しくない」
「クフフ、これは失礼しました」

私が怒っていることにさすがに気付いたのか、笑いを堪えるように口元に手を当てた。気持ち悪い、と悪態をついてもなお、彼は相変わらず微笑を浮かべている。どうせなら、もっと爽やかに笑えばいいのに。

「そんな僕は見たくないでしょう」
「人の心の声を勝手に聞くの、やめてね」
「いけませんか?僕はの全てを知りたいのですよ」
「不公平だよ。私は骸のこと、なんにも知らないのに」

難しい言葉を並べて意味のわからないことばかり言うし、表情から読み取ろうにも喜んでるのか悲しんでるのかイマイチ見えないし、ついでに笑い方は怪しいし、聞いても教えてくれないし。私が知ってる骸のことなんて、両手合わせても十分に事足りる。

「だから、ちゃんと言ってくれなきゃ分からない」
「言えば貴女は気味悪がりますから」
「なに拗ねてんの」
「言わせておいて、気持ち悪い、は禁止ですよ?」

そんな前置きされたら思ってなくても言いたくなるのは私だけだろうか。一体どんな台詞を吐き出すつもりなんだろう。せがんでおいて悪いけど、今さら少し後悔をした。この人の、キザというかなんというか、時代錯誤な甘ったるい言葉には耳が痒くなる。

「やっぱりいいや」
「それは残念です」
「せめて、さっきは何考えてたのか、それだけ教えて」

失敗した。待ってましたと言わんばかりに、口角が持ち上がる。クフフと漏れたのを私は聞き逃さない。気持ち悪い、以上のお返事をお見舞いしようと、頭の中でファイティングポーズをとった。

「生について考えていたのですよ」
「性?」
「まったく貴女という人は。生きる、です」
「生きる?」
「そう。にとって生きるとはどんなことですか?」

予想とはまるで違う方向に話が流れて、それに続いてこんな問いかけをされて、私の頭は一気に重たくなった。さっきまでの軽やかなフットワークが、今はふらふらと歩くのも間々ならないほど。生きる、なんて、そんなの真剣に考える機会には出遭ったことがなかった。

「なんだろう。息をする、かな」
「クフフ」
「すぐそうやって馬鹿にする。じゃあ骸にとっては何?」
「僕にとって生きるとは、といる、ただそれだけのことです」

用意していたはずの言葉は出てこなかった。不意を突かれたというのもあるけど、そんな簡単な理由だけじゃない。悔しいけれど、完全にノックアウトだ。

「私がいなくなったらどうするの?死んじゃうの?」

声が、震えているのが自分でもよく分かる。骸がいなくなることを考えてしまったから。前提として、それは私が既に骸の前から姿を消しているわけではあるけど、骸が死んでしまうなんて、そんなこと考えたくもないし、考えてしまえば胸がぎゅっと押しつぶされそうになる。

「心配無用ですよ。僕がを手放すなんて、地球が逆回転しても有り得ません」

いまどき映画でも聞けないような、そんな台詞。似合うのは骸くらいしかいないよ。寒気がするし、ついでに吐き気もするし、いい加減うんざり、なんて私はいつも言うけど。どうせ見透かしているんでしょう。お得意の読心術で、私の心の中を泳ぐ本音を見つけては満足そうに微笑むんでしょう。

「きもちわるい」

ほらね、やっぱり。右目を少し見開いて、私の瞳を捉える。予想に反せず、クフフと笑みを浮かべて、私の髪に指を滑らせた。こうやって、結局は全て筒抜けなんだから、せめて建前だけは悪態をついてみせる。イーブンには程遠くても、それが私にできる精一杯の抵抗。
本音を声にしてほしいならその目を閉じて、私の言葉に耳を傾けてよ。それが出来ないなら聞かせてあげない。

息が詰まりそうに嬉しいなんて

心臓に悪いから、たまには何も言わずに抱きしめて。

公開日:2010.02.07

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