それが正しい愛され方

自分で言うのも何だけど、そこそこ飲み込みは早いと思うし、頭の回転も悪くはないと思ってる。加えて、人並みに空気も読めていると思うし、どちらかと言えば鋭いほうだとも思う。
だけど、それだけ言い切っておきながらも、やっぱり理解できない相手や解決できない問題があるのだから、人生って難しい。
それの多くを占めるのは、並中の風紀委員長、雲雀恭弥についてだ。
恐ろしくポーカーフェイスで戦闘マニア、口癖は「咬み殺す」で、嫌いなものは「群れること」という、十分に現実離れしたプロフィールの男。補足事項として、私の彼氏でもある。

「難しい顔をしてどうしたの。考え事?」
「雲雀さんのことでちょっと」
「ふうん」

そこは普通「僕のことって、なに?」と問いかけてくるものだと思うけど、生憎彼は「普通」ではない。それは誰よりも私がよく知っている事実だ。でも、もう少し興味を持ってくれてもいいような、気がする。
そんな不満が顔に出ていたのか、その彼はチラリとこちらの様子を窺った。さすがに申し訳ないと思ったのかと一瞬期待もしたけど空振りに終わる。

、眉間にシワ寄ってる。それってそのまま残るらしいね」

大きなお世話をありがとう。と言ってやりたかったけど、仕返しが怖いから黙っておくことにした。私が言い返せないことに満足したのか、クスクスと、けれど表情はあまり変えずに笑っている。


交際の申し出をしたのは私の方からだった。まさかOKしてもらえるとは考えてもいなかったし、彼が恋愛に興味があるとも思わなかったから、「いいよ」と返ってきたときには、それはそれは驚いた。嬉しさの余り泣いてしまったほどだった。「泣くほどのことじゃないだろう」とそのときも表情ひとつ変えずに涙を拭ってくれた。優しい人だなと思った。今となっては、彼は忘れてしまっているだろうけど。

付き合い始めてみても変わらなかった。手を繋いだり抱きしめたりしてくれることはない。「好きだ」と言われたことも、それらしい言葉を聞いたこともない。だから、どうして私の告白を受けてくれたのか分からないし、私のことをどう思っているのかも全く見えない。暇つぶしにいいペットができた、くらいの感覚なのかもしれない。

頭の中でぐるぐると考えていると、それに呼応するように鞄の携帯が震えた。特に気にせず手を伸ばして携帯を開くと、「着信:沢田綱吉」と出ている。雲雀さんに目を向けるとさっきと変わらず書き物をしていて、私の行動には何も興味がない様子。溜め息をつきながら応接室を出て通話ボタンを押した。

「はい」
『ごめん、今大丈夫?』
「うん。どうしたの?」
『オレの鞄にの教科書入ってたよ』
「あ、実験のとき間違えちゃったのかも。ごめん」
『いいよ。それより教科書どうする?今日宿題出てたろ?』
「そうだよね。どうしよう・・・今からツナの家に行ってもいい?」
『オレはいいけど、はいいの?ヒバリさん、とか』
「ああいいよ。どうせ興味ないだろうし。ということで、今から行くね!」
『う、うん、わかった』

そういえば実験で教科書に書き込んだメモをグループで見ていたっけ。そのあとノートを集めたから、あのとき間違えちゃったのかも。数時間前の様子を思い出しながら応接室に戻ると、やっぱり変わらない姿があった。「誰から電話?」とか、それくらい聞いてくれてもいいのにな・・・。

ごそごそと鞄の中を確認すると、化学の教科書だけがない。ツナの家はにぎやかだし、お母さんも優しいから居心地がいい。私の家からも目と鼻の先だ。家に帰るついでにちょっと寄らせてもらおう。ここへ来たときよりも赤みを増した空を眺めて、「暗くならないうちに帰ろう」と何気なく呟いた。

「帰るの?」
「ツナが私の教科書持ってるみたいで、受け取りに行くんです」
「そう」

幼馴染とは言え他の男に会いに行くと言っているのに、気に留めてもくれない。私は彼にとってどんな存在なんだろう。必死にごまかし続けてきた「寂しい」という感情が、ここへ来て姿を現す。それを認識してしまえば切なくて、やるせなくて、だけど彼に伝えたところで変化がないことも分かっている。じわりと滲んだ視界から逃げるように目を瞑った。

ぽたり。一粒落ちてしまえば、それは染みとなり、「涙」の存在を強調する。

「泣いてるの?」
「泣いてません」
「そう・・・」

それから聞こえたいつもどおりの呆れたような溜め息は、今日に限って少し違った。
普段は離れたところで溜め息をついて面倒くさそうな表情でこちらを見るのに、恐る恐る振り返れば至近距離に彼がいて、困ったように笑っている。

「君はどうして嘘をつくの。そんなに僕は頼りないかい?」
「だって、どうせ私に興味ないでしょう」
「僕がいつ、そう言った?」
「言われなくても分かります」

語尾に力が入っているのが自分でもよく分かる。涙のせいで視界はぐちゃぐちゃになってしまって、彼がどんな顔をしているのか見ることができない。きっと呆れて帰ってしまうんだ。そして私は夕焼けの帰り道を1人で歩くことになる。何度も体験しているおかげで、あの寂しげな空は見飽きていた。

「あの日も、今日みたいに空が赤くて、は泣いていたね」
「覚えてるんですか?」
「君は僕を何だと思ってるの」
「だって雲雀さん、私が告白したことすら忘れちゃってる気がして、」
「忘れるわけないよ。好きな子からの告白だったからね」

ぼろぼろと休むことを知らずに流れていた涙が、ぴたりと止んだ。聞き間違い、もしくは勘違いだったら、早めに教えてほしい。そうじゃなければ、もう。
理解してしまえば、ようやく止まったはずの涙がまた溢れ出す。嬉し涙は、あの日以来だった。

「君は泣いてばかりだ。違う。僕が泣かしているんだね、ごめん。好きだよ、

初めて聞いた謝罪の言葉と、「好き」の一言。相変わらず視界が悪いのは止まってくれない涙のせいだけど、彼の頬がほんのり色付いて見えたのは、きっと見間違いじゃない。やっとの思いで「私も好きです」と返せば、言い終わらぬうちに、その腕に閉じ込められた。

「君のせいだよ。僕がどうにか保ってきた自制心を壊したのは、君だからね」

それの意味を理解する暇もなく、今度は唇を奪われる。お世辞にも優しいとは言えない、どちらかと言えば咬みつくようなキスで、「雲雀さんらしいな」と意識の片隅で呑気に思いをめぐらせていた。

「幼馴染の家には行かせないよ」

最後に聞こえた言葉が何を意味するか、そのときの私は考えようともせず、ただ、ようやく出会えた至福の時間を噛み締めていた。

公開日:2011.08.29
前サイトでの3万打企画で頂戴したリクエスト「付き合っているのに愛情表現を全くしない雲雀さんと、それを不安に思うヒロイン」
title by 誰そ彼