「なんでしょうか。」
「こっち向いたらどうなの。」
「はい・・・」
私はつい先ほど、ただの女子生徒から、最強で最恐の風紀委員長の彼女になった。 そして今、私は雲雀さんを見下ろす姿勢になっている。 なぜかと聞かれたら答えは1つしかない。膝枕をしている(させられている)から、だ。 眠いと言うので、肩貸しますよと気を利かせたのに。 こっちがいい、と私の承諾を得ることもなく頭を乗せた。 くすぐったいし、恥ずかしいし、その上、目を合わせろと強要してくる。
「あの、雲雀さん、」
2、3回ほど声をかけてみるも、返事がない。 顔を向けろと言ってきたくせに、いつの間にか眠ってしまったらしい。 長いまつげ。小さな寝息が聞こえる。 おとなしくしてれば可愛らしいのに。 女の私が言う台詞じゃないけど、普段の彼を知る誰もがきっと同じように思うだろう。
「なんで、私なんだろ。」
スヤスヤと寝息を立てる彼を見下ろし、ぽつりと呟いた。 いくらでも相手はいそうなのに、わざわざ私みたいなのを彼女にして、何が得なんだろう。 自慢できることなんて何ひとつないし、とんでもない幼馴染というオマケつき。 結果、総合得点はマイナスに違いない、そんな私なのに。
「あいつ、なんて言うかな。」
クフフと笑う薄気味悪い横顔を思い出してゾっとした。 異常なほどの執着心を持つ骸のことだ。 本気で雲雀さんを呪い殺しかねない。 秘密にしたくても、謎の読心術で全て見透かされてしまう。 かと言って、洗いざらい打ち明けたところでプラスになることは何もない。
「どうしようかなぁ・・・」
曇りきった溜め息を漏らすと、胸ポケットの携帯が震えた。 こんなタイミングでかけてくるのは、あいつしかいない。 無視をしても、出るまで何度もかけ続けてくることは、他の誰より私が1番よく知ってる。 そっと携帯を取り出し、そーっと通話ボタンを押した。
「なに。」
『おや、引き続きご機嫌ナナメでしょうか?』
「わかってるならいいよね。切るよ。」
『そばに、誰かいますね?』
「学校だもん。友達くらいいてふつうでしょ。」
彼の読心術は電波を通してでも効果を発揮するらしい。 冷や汗を悟られないように、雲雀さんを起こさないように、冷静を装いながらもボリュームを落とした。 この数秒間で、だいぶ寿命が縮まった気がする。
『友達、ですか?』
「文句あるの?用がないなら、」
『、僕に隠し事はしない約束です。』
「わかった、わかったから。」
『クフフ、それでこそ僕のです。』
「私がいつ骸のモノになったの。とにかく、切るよ。じゃあね。」
隠し事をしないなんて約束、した覚えはないし、もっと言えば、骸の所有物になった記憶も、今後そうなる気もさらさらない。 あいつの異常かつ過剰な愛情は昔から変わらないけど、それを受け入れたことはないし、どちらかと言えば撥ね返してきたはずなのに。 諦めるということを知らない彼は、むしろそれを楽しむかのように、私に付き纏う。 10年以上もの間、ずっと。
「10年、かぁ。」
さっきよりも更に深くなった溜め息のせいで、私の酸素は随分と失われてしまった。 なんだか息苦しくなったような気がして、ふと雲雀さんに目を向けた。 その寝顔に癒されよう、なんて、勝手な思いをめぐらせて。
「ん?」
「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」
「うん。は柔らかくて気持ちいいよ。」
「どうも・・・」
「照れてるのかい?」
そんな顔して、そんなこと言われたら、照れるなというほうが難しい。 そんな、私の困った顔を見上げて嬉しそうに微笑みながら、おもむろに体を起こす。 悔しいけど、かっこいい。この横顔からは、裾にはトンファーが仕込まれてるなんて想像できない。 思わず目を奪われて、そして不覚にも見惚れてしまった。 その瞬間に目が合って、危険を感じる間もなく雲雀さんの手が伸びる。さすが素早い。
「キス、してもいいよね?」
「いちいち聞かないでください・・・。」
「ふうん。激しいのが好きなんだ。」
「ちが」
います、まで続かなかった。 あっという間に塞がれて、呼吸と自由を奪われる。 本日2回目のキスは、さっきよりもずっと優しい。 だけど深くて、おまけに長くて、死んでしまうんじゃないかって、本気で思った。 この人になら殺されてもいい、なんて気持ちはまるでないけど、不快感とか嫌悪感とか、そういった類の感情は、ちっとも湧いてこない。 たぶん、私はこの人を好きになってしまったんだと思う。 なぜかと聞かれても、明確な答えなんて持ち合わせていないけど。
「僕は、そのぼんやりとした表情に惹かれたんだよ。」
「え?」
「が聞いたくせに。」
私の動きを止めてしまうあの笑みを浮かべて、君は何かと鈍いね、と続けた。 その意味を瞬時に理解できるほど頭の回転は速くはなくて、知らないふりを突き通せるほど寛大でもない。
「ちょ、雲雀さん!起きてたんですか?」
「さあね。ただ、」
「ただ?」
「は僕のものだから。」
嬉しそうとも楽しそうともとれる、微笑み。 その緩やかなカーブは、またしても私の動きを止めさせる。 まるで硬直してしまったみたいに身動きが取れなくなる。 この感覚には見覚えがあった。骸に嘘がバレたときの、あの感覚。
公開日:2010.01.30
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