その鼓動に耳を寄せて

新しい彼女ができました、なんて報告要りません。
そんな気持ちを押し殺して、いつもみたいに笑ってみせた。

「またですか。で、どんな子?」
「そうだな。美人で女らしくて優しくて、さしずめお前とは正反対、ってところか。」
「はいはい、そーですか。お幸せに。」

イラついたふりをして顔を背けた。
歩くたびにキュッキュッと靴が鳴って、なんだかとても滑稽に聞こえる。
私、バカみたい。

学校なんて行きたくないけど、だからといって休むのも癪だ。
ちっぽけなプライドよりも会いたい気持ちが上を行くからもっと癪だ。
だけど跡部の顔は見たくない。
矛盾だらけの感情なんて、あいつが知るわけもないんだろうな。

できるだけ距離を置こうと試みた。
遅刻寸前で登校したり、お昼は素早く女の子と群れてみたり。
精一杯の強がりで、ぎりぎりの毎日を過ごすことに決めた。それなのに。
目立ちすぎるくらい目立つ跡部の存在を消すことなんて到底できっこない。
廊下を歩けばその名前が、帰宅しようにもボールの音が。
あいつに関わる全てが私を揺さぶって離れない。

そして問題は当の本人。
明らかに避けている私を面白がるように、見つけては声をかけてくる。

「おい、。」
「なんでしょうか。」
「例の彼女、悪くないぜ。」
「よかったね。」

本当は今すぐにでも逃げ出したい。
跡部の口から知らない名前。

「聞いてんのかよ?」
「私、忙しいから。また今度ね。」

目頭が、熱い。
悟られる前に離れないと。最低でも1ヶ月はネタにされる。
そんなことよりも、涙を見られるのが怖かった。
跡部に、この気持ちを知られてしまうのが、何より怖い。

誰もいない場所を探して足早に廊下をすり抜ける。
屋上、音楽準備室、裏庭、テニスコート・・・どれもこれもピンと来ない。
屋上ではジローちゃんが寝てるだろうし。
音楽準備室では鳳くんがこっそりバイオリンを弾いているのを知っている。
裏庭では岳人がひとりで飛び跳ねていそうな気がする。
テニスコートには、確実に宍戸がいるんだろう。
消去法で屋上を選んだ。
寝ているなら安全だし、何より、ジローちゃんになら泣き顔を見られてもいい。
むしろ慰めてもらおう。

自分勝手な期待を胸に、重たい鉄のドアを押す。
視界に入ったのは、雲のない空と冷え切ったコンクリートだけ。
途端に涙が溢れた。
あいつのために泣くなんて悔しいから、笑ってみる。
だけど笑えば笑うほど空しくて、もっと悔しいからやめた。
作り笑顔のあとには、涙しか残らない。

「嫌なことでもあったのか?」

耳を疑うとはまさにこのこと。空耳であればいいと思った。
今1番聞きたくない、だけど1番好きな声。

「おい、返事くらいしたらどうなんだ?」

返事といわれて返す言葉を今の私が持ち合わせているわけもなく。
ただひたすらに、この涙を止めるよう励んだ。

「俺から女の話を聞くのは、そんなに辛いか?」

反射的に首が動く。
見えたのは、相変わらずスカした跡部の顔。

「その顔は、図星だな。まあ、それくらい百も承知だ。」
「あんた、最低。」
「計算高い、と言ってくれ」
「どこが。」
「ああん?まだ分かんねーのか。嘘だよ、嘘。
 誰かさんは強情で素直じゃないときた。気を引くには、駆け引きが重要だろ?」

どこまでが嘘で、どこからが本当で、そしてこの人は何を言っているのか。
私にとっては嬉しいお知らせなんだろうけど、跡部の言うとおり、私は強情だ。
付け加えて素直じゃない。
更に言えば、かわいらしさの欠片もない。
何か言葉を発せば、きっとまたふりだしに戻ってしまう。

「黙ってねーで、何か言え。」
「ノーコメント。」
「ったく。相変わらず可愛げのない女だ。」
「おっしゃるとおりで。」
「ふん。しかたねえな。」

大きな手が、冷えた頬に触れて、止まらない涙を拭う。
もう泣き止め。そう言った跡部の表情は、見たこともないほど優しい。
跡部の顔と、体と、声が、こんなにも近くにある。
悔しいけどドキドキしっぱなしで、きっとそれは見透かされてる。

。」

その口から漏れる、私の、名前。

「俺様がファーストネームで呼ぶ女なんて、そういないぜ?」
「うん、知ってる。」

風が吹いた。濡れた頬はまだ乾かない。
鐘が鳴った。当分の間はここを離れられない。

公開日:2009.01.12

title by 自主的課題