清らかな下心

「眠たくて死にそう」

そう零しながら恨めしそうに睨みを利かせる女。
最初はまたかと内心で頭を掻いていたが、いや今回は確かに俺が悪かったと思い直す。

「Hey, honey. そうむくれんなよ」
「謝る気ゼロですって顔ね」
「んなことねえよ、悪かった」
「まるで誠意の感じられない謝罪」

文句ひとつ言わず素直に応えてやったつもりだったが、生憎今日はそう簡単に事を運べそうにないほど機嫌が最悪らしい。
聞こえるようにわざとらしく、政宗には付き合いきれないだの、こっちの身にもなれだの、不平不満をブツブツと繰り返している。
これが他の女、正確に言えば今までの女であれば、なら出て行けと一言告げればそれで片付けられる、少なくとも俺の中では片付いていたわけだが、そうはいかない。
なんせコイツは俺にとって、初めて、

「なに?そんな目しても今日はお断りだからね」

どうやら気付かぬうちに『そんな目』を向けてしまっていたらしい。
ただ声にはせず目の前の女に対する自身の本意を唱えようとしていただけだというのに。
まったく失礼極まりない。許せ、純粋な下心だ。

「だから、なに?あまりにしつこいと1週間に延長するよ」

これはいけない。
いつの間にかとんでもない方向に話が向かっていた。
膨れっ面を眺めているのも悪くはないが、さすがに1週間はこちらの身が持たない。
いや持たないのは体ではなく理性だが、結果的に体がおかしくなるのは目に見えている。
無言を肯定と捉えて実行を決意されてしまう前に誤解を解き、おまけに機嫌をとらなければならない。

「Ah, 悪かったって言っただろ?確かに昨日は無理させた。仕事で疲れてるって言葉も覚えてる。だが聞け、明日は休みだから政宗とゆっくりできる、なんて言ったのはどの口だ?」

チューハイ片手にほろ酔い気分に上機嫌でそう言ったのは紛れもなく事実だ。
まさか俺の願望から生まれた幻聴なわけがないし、そんな言い訳をされようものなら口を塞いでやるつもりだった。

「わたし?」
「Yes. 目潤ませてンなこと言われて俺がおとなしくしてるとでも思ったか?」
「其れは政宗様を信頼しての言動です。どうかご理解を」
「馬鹿、小十郎の真似なんざで逃げんじゃねえ。兎に角だ、煽ったのはそっちだろ?ベッドに運んでkissしても拒まなかったのも俺は覚えてるぜ?」

知らない、と視線を逸らし、膝を抱えて顔をうずめる。
まったく可愛い真似してくれる。
今だってそうだ、誘ってんのはお前の方だってな。
口にしかけた言葉をどうにか飲み込んで、視線を合わせるために顎に手をかけた。
覗き込むように見つめれば、今度は耳まで顔を赤く染めながら目を逸らす。

「朝っぱらから無駄に色気垂れ流してどうするのよ、バカ」
「俺に言わせりゃのその顔には負けるぜ。そそられるってもんだ」

更に赤みが増した顔で何か言いかけたが、もちろん続きは飲み込んでもらう。
顎に手をかけたまま唇を重ねて、そのまま深いそれへと進化させる。
もう片方の手で後頭部を押さえてしまえば逃げようがない。
柔らかな感触と熱の籠った口内を十分に楽しませてもらってから、ゆっくりと離していく。
伸びる銀の糸が理性に揺さぶりをかけるがどうにか抑えて、今度は啄むように口付けた。

「さ、さっきの言葉もう忘れたの?今日は、」
「OK. OK. わかってる。目覚めのkissくらい許してくれよ、つれねえな」
「最悪の目覚めね。しつこくてねちっこい」
「好きだろ?」
「あーもう、うるさい!色気振り撒くなって言ったでしょ。離れて!」

必死に胸を押し返そうとするが、所詮は女の力だ、容易く押さえ込める。
逃げられないと悟ったのか、今度は盛大に顔をそむけて続きを拒もうとする。
そこまで必死に拒否をすれば俺が萎えるとでも思ったのかもしれないが、残念ながらその弱い抵抗がかえって加虐心をくすぐられる。
顔をそむけたことで露わになった、うなじ、首筋、鎖骨へと唇を寄せていく。
溜め息をつきながらもぶるっと震えた一瞬が堪らない。
それに気をよくして更に下へと移していけば、さすがに限界が来たのか力いっぱい胸を押される。
不意をつかれたこともあり、思わず後ろへ倒れかけてしまった。

「ひどいじゃねえか、honey?」
「あんたってホント人の話聞かないのね。そっちがその気ならもういい。最低1週間はおあずけにさせてもらう。無理に手出したら小十郎さんに泣きつくからね」

考えただけで頭が痛くなるようなことを言う。
自分の女とはいえ嫌がる相手に無理矢理手をつけたなどと小十郎が聞けば、あの重苦しい説教が少なく見積もっても1時間は続くだろう。
そもそも小十郎に泣きつくを想像しただけでも心底気分が悪かった。

「Shit!恋人同士の問題に他人を巻き込むなんざnonsenseだぜ?」
「言っても聞かない人がいるんだから仕方ないでしょう?」
「機嫌直せよ、こないだ話してたフレンチ連れてってやるから。物足りなけりゃ、お前の好きな湾岸線driveもお付けするぜ?」
「政宗って天性のタラシね。ホストが天職なんじゃないの?」

口八丁には自信があったが、コイツの前では無意味だ。
あの手この手で追いつめてくる。
どうしたものかと決めあぐねていたが、あれこれ考えるのも面倒になり、体が動くまま、不機嫌に向けられていた背中を抱き寄せる。

「ちょっと、」
「Sorry, 俺が悪かったって。の言うことなんでも聞くから機嫌を直しちゃくれねえか?」

そこが弱いと分かっていて耳に口を寄せて注ぎ込むように囁く。
案の定過敏に反応した肩がその効果を物語っていた。

「でも、今日は、駄目だからね」
「ああ、我慢するさ。せっかくの休日だ、どこでも好きなとこ連れてってやるぜ」

小さく、こくりと頷いた仕草がどうにも堪らなくて、ほんの少し尖らせたままの唇に自身のそれを重ねる。
わざとらしくリップ音を立ててやればまた恥ずかしそうに頬を赤らめる。
いつになっても初心な女だ。
だが、そこも気に入ってる、なんて言えばまた派手に照れて暴れて事態は好転から離れてしまうだろう。
代わりと言ったらおかしな話だが、相変わらず赤いままの耳元で好きだと囁けば、聞こえるか聞こえぬか必死に耳を傾けなければ分からない程のボリュームで、私もと返ってくる。
その反応に思わず疼いた下腹部の熱をどうにか落ち着けようと努めながら、穏やかな休日を迎える準備を整え始めた。

他でもないアンタの頼みだ、しばらくはお望み通りgentlemanでいてやるよ。
ただ覚えておけよ、日付が変わるまでが猶予だぜ、you see?

公開日:2012.12.23