貴方の恋人になりたいのです

「せんせー、質問です!」
「またか…。で、なに?」
「彼女いますかー?」
「他に質問あるヤツは?いねーな。はい、授業終わり」

呆れ顔と溜め息のあとにものすごく鋭い目つきで睨まれた気がしてちょっと怖いと思ったけど、本当にちょっとだけだった。だって大好きだから!面倒くさそうに黒板消しながら咳き込む。あ、かわいい!じゃなくて、手伝わなきゃ。

「せんせー大丈夫ですか?私お手伝いしまーす」
「もう終わった」
「えー。まだこっち残ってますよ。ほら、あっちも」
「オメーは姑か」
「姑じゃなくて、お嫁さんがいいなーなんちゃって!」

思いっきり首をかしげた最高のかわいいポーズで決めたのに、一言の感想もなく出て行ってしまった。シャーペンを回しながら土方がにやつく。チラっと見ると、さも嬉しそうにわざとらしく溜め息つかれた。土方なんかにバカにされるくらいなら、銀八先生に罵倒される方がずっといい。数10m先には先生がいるのに、開けっ放しのドアがなんだか寂しさを誘う。怒られても睨まれても、もうどうでもいい!ということで、お弁当のことも忘れて大好きな背中を追った。

「せんせー」
「……」
「ねえ、せんせ!」
「……」
「銀八せんせー」
「だー!オメーなんなんだよ?!本当にうっせーガキだな?!」
「やったー!返事してくれた!」
「いや返事してないけど。アレが返事に聞こえるオメーの頭ん中かち割ってみてェよ。」

チラリとも視線をもらえることなく銀八先生はコンビニ弁当に手を伸ばす。愛妻にはまだ早いから愛生徒弁当ぐらいなら私が作ってあげるのに。
もぐもぐと食事する横顔があまりにかわいくてじっと見つめてたら物凄く迷惑そうに箸を止めて口を開く。

「…で?用件は?」
「特にないけど、お話がしたいんです」
「あのな?俺は今忙しいの。昼飯食ってんの。見りゃわかんだろ」
「いつならいいんですか?」
「放課後。放課後な」
「はーい」

しっしと追い払われるような手つきがちょっと悲しかったけど一応お約束はもらえたから気にしないことにする。
放課後まで待ちきれないよ。午後の授業なんて全然耳に入らない。教科書も開かないでにやにやしてたら全蔵先生に思いっきり頭叩かれた。ひどい!ちょっと浮かれてみただけなのに!全蔵先生ごめんね。先生の授業はそこそこ楽しくて好きだけど、銀八先生はもっと好きなの。はーやーくー来―い来―い放課後―。あ、字足らず。

HRが終わると同時に急いで帰り支度をする。あの人なら「ハイ、放課後に会いました。終わり」とか言って帰りかねないからすぐ後を追えるように準備が必要だと思う。バタバタと教室を出て、土方の溜め息にまたイライラしながら走っていたら月詠先生に注意されたけど謝りつつも足は緩めない。気にしてるヒマなんて今の私にはこれっぽっちもないんだから。とにかくあれだよ善は急げってやつ。

「銀八せーんせ!」
「…え、なに、オメー本当に来たの?来ちゃったの?社交辞令って言葉を知らないの?」

口元引きつらせつつ脱いだ白衣を肩にかけて立ち去ろうとする銀八先生の腕を慌てて掴む。意外と引き締まった筋肉にどきりとさせられてハッとして我に返って挑戦状を叩きつけるように先生の顔を仰ぎ見る。

「逃げようとしても無駄ですよ?」
「わかったわかった。帰んねーからその手を離せ」

実はかなり疑ってたんだけど、大好きな先生のことだから信用してあげることにした。そしたら本当に立ち止まってくれて私は勝手に舞い上がる。だって嬉しすぎるんだもん!そのあとさらに調子に乗った私がいろんなこと話してみても、聞いてるのか聞いてないのか、相槌しか打ってくれない。

「せんせー、聞いてます?」
「ハイハイ聞いてますよ。つーかオメーは結局何が言いたいワケ?」
「え?結局、結局…私は、えっと、結局…?」
「ほら、ねーだろ。なら俺帰るわ」
「ちょっと待って!待ってください!」
「あと10秒。9,8」
「わー!えっと、あの、私、」
「7,6,5」
「銀八先生が好きなんですっ!」
「……。4,3」
「無視ですか?!」

いくらなんでも悲しすぎる。ちょっと泣きそうになってしまった私を見て、それはそれはもう深くて長いため息をついた。そんなアンニュイな横顔もかっこいい。なんて、見惚れてる場合じゃないってば。無視されるくらいなら、はっきり断られた方が諦めもつくのに。たぶん、きっと、もしかして。と我に返れば、目頭がふっと熱くなって思わず俯く。顔を上げて笑い飛ばせれば、どれだけ楽だろう。

「は?!泣いてんの?!まだなんも言ってないじゃん?!カウントダウン続けてただけじゃん?!」
「何も言われない方が悲しいんですよ…?」
「あー、…ったく。ちょっと来い」

私が先生の腕を掴んでいたはずなのに今度は先生に私の腕を掴まれて、ぐいぐいと引っ張られる。怒られるんだろうか。怒られるんだろうな。悲しくて相変わらず俯いたまま引っ張られながら先生の後ろを歩く。ここの廊下ってこんなに雲って見えたっけ。

「ほら、顔上げろ」

3年も通ってる学校だから順路だけで場所は分かる。生徒指導室だ。先生が扉を閉める音も心なしか激しく聞こえた所為か、胸がきゅっと苦しくなった。

「涙でぐちゃぐちゃだから無理です」
「いいから顔、上げなさい」

仕方がないからゆっくり顔を上げた。目元はちゃっかり隠したのに銀八先生の骨張った手に払い除けられてしまって視線がぶつかる。それと同時かほんの少し間を置いてか、熱くなった瞼と比例するように、渇き切った唇に、ふと温かい感触。1,2,3秒の沈黙は、生まれて初めての、キス。現状を受け入れられずパニックに陥りながら、それでも少しずつ遠ざかる温度が恋しくて、思わずしがみついてしまう。

「…オメーよ、わざとやってんの?」
「わざと、ですか?」
「どっかのクソガキの所為で俺の華麗な教師生活がめちゃくちゃなんですけど。覚悟、しとけよ」
「覚悟って、」

最後まで言い終わらないうちに、2回目のキス。さっきよりも深くてしつこいのに、不思議と嫌いじゃなかった。

「あの、先生」
「こういうときに先生とか言うな」
「じゃあ、なんて」
「そんぐれー自分で考えろ。とりあえず、今日は居残りな、ちゃん?」

ふっ、と、いたずらに笑うその一瞬に囚われて、息が止まる。やばいやばいやばい。私、もう、好きすぎてダメになる。熱くなりすぎた心臓を押さえれば、いつの間にかハンガーにかけられた白衣がふわりと揺れた。嗅ぎ慣れない、煙草の香りに堕ちてゆく。

公開日:2007.11.05(2015.09.27加筆修正)
若い頃に書いた別ジャンルのものをサルベージしたので文章も若いです(笑)。